内藤薫は訝しんでいる。
牧島重工製四五式トロイリ四型汎用亜人型自律特殊人形第弍号は本当に機械なのかと。
つまり、その身体の隅々まで余すところなく金属なのか、という意味で。
家の玄関先で初めてその姿を目にした時に感じたのは驚異というより驚愕だ。
礼儀正しくお辞儀する滑らかな仕草。何も言わずにいる時でも、物体のように完全に沈静することなく、呼吸や鼓動があるかのように微かに蠢く身体。どんな物事にも臨機応変に対応するかと思いきや、思いもよらない時に思いもよらないほど間の抜けた言動。
いくら天才機械工学博士が作り出したとはいえ、美点も欠点もすべてが奇妙によく出来すぎている。
特に引っかかるのは、姉への態度である。
彼の言葉は常に丁寧だが、姉に向けられるときにはやや思わせぶりな粘つきが加わっている。その声色も、いつもより低く蕩ける。そして振る舞いさえも、慇懃でありながらどことなく熱っぽい秋波を感じる。そういう気配に鈍感な姉はまったく気づいていなさそうだが。
機械に特定の人間への嗜好を植え付けることに何の意味があるだろう。愛や恋心など邪魔なだけではないだろうか。
それもあの姉に興味を持つなど、物好きに過ぎる。結ばれたとして何のメリットがあるのだろうか。あまりにも機械の合理性を逸脱している。
人間ならば理性も合理性も理由もない欲望が湧くこともあるだろう。つまりそう考えると牧島重工製四五式トロイリ四型汎用亜人型自律特殊人形第弍号には、まるで肉や内臓が詰まって血が通って——
「お手伝いいたしましょう!」
唐突に差し込んだ機械の声は薫のもやもやした思考を不躾に断ち切る。
「うぉ゛ッ!?」
椅子に乗って座卓上の電球を替えていた薫はすんでのところで足を踏み外すところだった。
「ご迷惑でなければ」
薫の狼狽を見てとったか、丁はそう付け加える。胸に手を当て、首をちょっと傾げる仕草までついて、相手の警戒心を解すのには十分だ。こんな所も人間的といえばそうだ。
「助かるけど、こんなことするためにいるわけじゃないだろ」
そう言いながらも薫は素直に椅子から降りる。人より抜きん出て上背のある丁は踏み台など使わず、手を伸ばして簡単に電球を取り外してしまう。
「私は客人としてではなく、内藤家の一員になりたいのです。ですから家事の一端を担わせていただけるのは喜びです」
「物好きだなあ」優れた能力が備わっているのに、人の生活に適応したいなんて。強いものは社会に馴染む必要なんてないはずだ。そして市井の慎ましやかな営みを蹂躙するものと相場が決まっている。映画なんかでは大抵そうだ。
「そうでしょうか。人から好かれたいというのは、一般的な感覚とそう乖離していないように思われますが」ここで丁は考え込むように顎に手をやり首を傾げる。「確かにそうでない孤高の方もいらっしゃいますね。あなたの一番上のお姉様のように」
丁は案外にもよく人を見ている。いや、あの狼か野良の狂犬のような姉に特に興味があるだけかもしれない。
丁は薫が手渡した新品の電球を器用に取り付ける。仕様書通りなら電球なんて簡単に片手で潰せるほどの握力があるのに、その手つきにまったく危なげはない。手加減というものを知っている。それは強大な力を持つ者にしかできないことだ。
「しかし私には皆さんから十二分に好かれて重用される素質があります!」
丁が照明コードを引くと、新品の灯火が後光のように彼の頭上に灯る。
「私は役に立ちます」念押しするように立てられる人差し指。「でしょう?」
一家に一台です、と自信満々で自意識過剰なその態度。
内藤薫は確信した。
やはり牧島重工製四五式トロイリ四型汎用亜人型自律特殊人形第弍号の中には人間が入っている!
「頭の中を読んで欲しい人がいる」
アキの帰りを玄関先で待ち構え、姿が見えるや否や、薫は労いの言葉もそこそこにそう言い放った。
「だれの」
内藤アキは人の思考が読める。とはいえわざわざ読んだりはしない。人が良いのだ。そして普通の人間として生きていきたいと強く望んでいるのだろう。
だからこそ、こんなことを頼むのは禁じ手も禁じ手だ。しかし背に腹はかえられない。
「内藤さん」
「どの内藤さん」アキは心底おかしそうに笑う。おかしいのは薫自身も分かっている。しかし丁と呼ぶほど親しくないのだから仕方がない。「わかるよ、丁くんのことでしょう」
「いま僕の心読んだ?」
「そんなことしなくてもわかるよ」アキはとても穏やかに微笑む。弟ながら、とても綺麗に見える。「なんでそうしたいのかまでは、さすがにわからないけどね」
「笑わないで聞いて欲しいんだけど」薫は唇を濡らして続ける。「中に人間が入ってるんじゃないかって」
言ったそばからアキは盛大に笑う。目尻には涙さえ浮かべて。
「笑うなって言ったのに!」
「薫が丁くんに余所余所しい理由、やっとわかった。子供向けの被りもの演劇で泣いてたもんね」
「外側と全然違うものが中に入って動かしてると思ったら怖いだろ」
ああいう類のものには得体の知れなさがある。人が生身でその心の内を取り繕うのとは違う。表情の一つすら変わらない皮に感情ある人の身が入っていると思うと恐怖しか感じない。
「丁くんの中に人が入ってて、ロボットのふりしてうちにいるの? それじゃあまるっきりサイコホラーだわ」
「だから、混じりっけのない機械だって確かめて安心したいんだよ。人間じゃないなら、考えが読めないはずだろ」
「うーん、でも、もしかしたら機械の心も読めるかもしれないよ」
アキの能力は人間の脳波かなにかを感知しているのだと思い込んでいたが、確かにそう決めつけられるほどの証拠はない。機械の頭脳回路さえも読めるのだとしたら「それは困る」一生同居人に怯えて暮らさないといけなくなるではないか。
「あのね、心配なら本人に聞いてみたらいいんだよ」
「中に人間入ってませんよね、て?」
うん、とアキは頷く。まったく人が良い。
「人間が入ってたとしたら嘘つくにきまってるだろ」
「丁くん嘘つかないって言ってたよ」
「嘘つきは嘘つかないって言うんだよ! そもそもが、人間と変わらない背格好の機械が二足歩行で自立して、その考えまでも自律してるなんて」そんな超技術がなんでたかだか警察になって、内藤家の一員やろうとするんだよ! という薫の叫びは明朗快活な声に遮られる。
「韻を踏んでいますねッ!」
「うぉ゛ッ」
ガラリと勢いよく玄関の扉が開いて、上背のある影が窮屈そうに身を屈めて現れる。
「自立と自律です。素晴らしいです!」
その拍手の音は金属同士を叩きつける耳障りな音だ。
「そしてアキさん、おかえりなさい」
丁は流れるような自然な所作で腰を屈め、アキの荷物を恭しく受け取る。家族というより、これではまるきり使用人だ。
「制服はお洗濯してアイロンをかけておきましょう」
「ありがと。ちょうど丁くんの話してたところなの」と、アキ。目の前の機械以上に正直だ。
「言うなよ……」
「私を話題にしていただけるとは、大変光栄に思います。私は人気者ですね」
胸に両手を当てて、しなを作る体。彼の動きは柔らかく、時折女性的だ。中に入っているのは女なのだろうか。
「薫がね、丁くんの中に人が入ってるんじゃないかって言うの」
「いやだから、言うなよ……」
「私が」丁は大きな手で両目を覆い、仰け反り哄笑する。「人間!」
人間が入っているいない以前に、丁の笑い方は大抵大袈裟で不自然で怖い。
「ねー、そんなわけないよね。確かに身体はちょっと大きいけど、人間が入れるようなスタイルじゃないよ。頭も小さいし、脚長いし」うらやましい、とアキ。
アキの言葉に、丁は天を仰いでぶるぶると震える。この動作も怖い。機械だというのなら狂っているし、人間だというのなら狂っている。とにかく狂っている。こわい。
「そう褒められると私は、嗚呼、感極まって……ッ」
丁の途切れ途切れに溢れる言葉がとうとう潰えて、眼光は消え、最後に一つ大きく息を吐くような素振りを見せる。
「はあ……ん……ふう、終わりました」「何が」「では、お話の続きは家の中でいたしましょう」
まだ続けるつもりなんだこの話、と思いつつも、薫は促されるまま家に入るしかなかった。
取り替えたばかりの電球の下、座卓についた薫とアキの前に麦茶が置かれる。
夕暮れ前、内藤家にいるのは三人だけだ。非番の秀は子供達に剣道の稽古をつけに道場に行っているし、マナはまだ職場。話がややこしくなる手合いに話を聞かれる心配はない。秀は男らしくないことを言うなと一喝してくるだろうし、マナはせせら笑って馬鹿にしてくるだろう。
「僕はさ、悪いんだけど、変化が苦手なんだよ。だから新しい人が家にいるのに慣れなくて、妙なこと考えちゃっただけだから、気にしないで。ほんとにごめん」
薫は一気にそう言ってカラカラになった喉に冷たい麦茶を流し込む。
「それは大変申し訳ありませんでした。事前のご相談もなく突然に同居人が増えて、さぞ暮らしにくかったことでしょう」
丁は気遣わしげに薫の真横に膝をつく。二メートル近い機械の体はなかなか圧迫感があり、これに纏いつかれている姉がいつも煩わしそうにしている理由がよくわかった。
「それに私はこの通り、場所も取りますしねェ!」と言われても、ジョークなのか何なのか、アキは笑うが薫は反応に困る。
「と、今のは冗談ですが」「冗談だったんだ」「薫さんのご心配は冗談で終わらせず、きちんと解消しなくてはなりません」
「いや、いいって、こっちの問題なんだから」
自分が慣れて信頼するように努めるしかないことだ。あの警戒心の強い姉でさえ気を許している風なのだから、中に人間が入っていたとして、きっと悪人ではないのだろうし。
「しかし私がいくら言葉を尽くそうと、それが事実で信頼に足るかどうか、聞き手にはわからない」懸念をぴたりと言い当てられ、薫は驚く。「違いますか?」
「そうだけど……」
薫は結露して雫の垂れるガラスコップを握りしめる。
「もしも——そう、仮定の話です——私の中枢回路に流れる電流の意味をすべて余す所なく皆さんに開陳できたならば」アキに向けられる丁の視線。まさかそんな筈もないが、まるで彼女の超能力を知っているかのように。「私が真に平和と自由を求め、人間に完璧に従順であると示すことが容易なのですが。言葉だけでご理解いただくというのは難しいものです」使う言語は同じなのに、と呟くその微笑には、どこか嘆きの陰が差して見えた。宗教画のようで思わず目を奪われるほどだ。しかしその翳りはすぐに消えて、丁の両の人差し指が調子よく立てられる。
「そう、そうですね、言葉が力及ばないのならば実際にご覧いただけばいいだけです」
鈍色の手が蜘蛛のように彼自身の大ぶりな身を這う。妖しく細められる目の輝き。機械がこんな淫らな動きをしていいのか。
「私の中を」
「えっ」
「見たい見たい」
薫の狼狽をよそに、アキは興味津々。丁の方も、もはや当の薫の困惑など眼中にない。
「そうでしょう。そうすれば人間など入っていないと証明できて、私はもっと好かれます。ではとくとご覧ください。六十年代随一にして唯一無二の超工学技術、その頭の天辺から足の先、隅から隅まで!」
丁は両手を広げてそう宣言するなり、すっくと立ち上がってかっちり着込んでいた孔雀緑の上着をばさりと脱ぎ捨てる。その下にある同色のベストも脱いでしまうと、目に飛び込んでくるのはシャツを押し上げる雄々しい胸部パーツ。
「仕立てのいいシャツだね」
薫がその下のボディについて考えている横で、アキはそちらに興味を持ったようだ。
「流石はアキさん、お目が高くていらっしゃいます。こちら千鳥居さん謹製のオーダーメイドです」
そう言ってしどけなく床に座りこみ、腰から胸まで撫で上げる手の動きは「一体何を見せられているんだ……」薫を混乱させるのに十分なほど艶かしい。
「お忘れですか。私の中身をお見せするのです」
サスペンダーが広い肩を滑り落ち、チェックの蝶ネクタイが外され、ここまできて勿体つけるようにゆっくりと外されるシャツのボタンとズボンの金具。袖口のボタンを外すときの、繊細に器用に蠢く指先。電球を替える時とはまた違った、視線を奪って焼き尽くすような、そんな手管だった。
シャツがはだけ、ズボンがずりおろされ、これまでは首筋や手から微かに窺えるのみだった金属のボディが露わになりつつある。
人間の筋肉の走行を模したパーツは豊かに大ぶり。筋骨隆々、雄々しいと表現していいデザインの外装だが、動きのせいかそこには妙な色気が付きまとう。
ほんのり頬を染めたアキが薫の耳元に唇を寄せる。
「なんだか段々いけないものを見ているような気がしてきたよね」
「最初からそうだった」
薫は困惑しつつも、気付けばじっと、その機械に視線を注いでいた。先を待ちかねているというよりは、怖いもの見たさだ。
靴下も、色々なものを繋ぎ止めるバンドも取り去られて、とうとう身一つの裸体が晒される。
そういう表現を使っていいのか分からないが、とにかく裸だ。それ以外に言いようがない。
機械と思えば服などなくても別におかしいことなど何もないが、いつも当然のように服を纏っているが故に、もはやそこには淫靡な文脈しかない。
孔雀青を一滴垂らしこんだような鉛色は室内でも瑞々しく輝く。傷ひとつない新車のような、燦然と深みのある反射。
薫は思わず呟く。
「ガラスコーティング、かな」造形を趣味とする者として、当然の疑問と興味だ。しかし場違いの。
「よくお分かりに。コーティングはセラミックとガラスのいい所取りのマキシマムコート。ちなみに滑水加工ですので、お手入れも容易です」
丁の指が薫のコップに付着した水滴を掬い、自身の胸に乗せる。水分は真珠のような丸い雫となって豊満な胸をゆっくりと転がる。そして急峻な腹部の隆起を跳ねるように滑り落ち、重みを感じさせる腰を伝って下腹と大腿の隙間に消える。その奥に、あるはずのない何かがあるような、奇妙で悍ましい錯覚を抱いてしまう。
「ふふ……はぁ」
水滴が体表面をなぞる感触に感じ入ったかのような声。胸の奥から漏れる深い吐息のような音。床に擦り付けるように蠢く尻。車のライトのような形の目の中でゆっくりと明滅する灯り。まるで瞬き。
「ほら……この通り」
人差し指が水滴の軌跡をなぞる。その振る舞いは性能というよりも、その表面的な意匠を誇示しているようにしか見えない。自分の肉体美を誇って疑わないナルシストだ。
この状況は「どうかしてる」
返ってくるのは、そうですかァ〜? というとぼけた答えのみ。隣のアキにちらと目をやると、前のめりに食い入るように機械の男を見つめている。きっと自分も似たような状況だろうと薫は思う。
「さて、長らくお待たせいたしました。では満を持してご覧にいれましょう。私の中身」
機械の裸体にばかり気を取られていた薫は、忘れていた当初の目的を思い出す。
丁は観客の前に膝をつき胸を張る。その手が彼自身の胸元に這い寄る。指先が妖しく胸を撫でると、ぱちん、と掛け金の外れる音。
「私は憐れで空虚なただの金属の塊。人間も心も入ってはおりません」
丁の声は銅の薬缶の中で反響するような機械的な特徴を完全に喪失し、真鍮の牢獄に封じ込められた魔神が放つ誘惑の音色と化していた。早く鉛の封印を解けと、矮小な人間を誘惑するかのような。
「見ちゃ駄目だ」
目を離せぬまま、薫はアキに囁く。
「どうして」
「見たらおしまいだ、と、思う……」
「ホラーみたいなこと言うね」
ホラーや妄想で結構。ここが分水嶺だ。
彼の中に人間が入っていないというのならば、その中にあるのは人間よりももっと悍ましく奇妙なものだろう。中身が虚な空洞であったとしても、金属ひしめく部品であったとしても、それは内藤丁を狂った人格たらしめる、何か恐ろしい物だ。
こんな奇妙な機械に——もう機械と認める!——言われるがままにまともに関わったが最後、自分というものが壊れてしまうような気がする。相手に都合のいいように。
深みに嵌る前に目を逸らすべきだ。しかし、そう思えば思うほど動けなくなる。蛇に睨まれた蛙、太陽に引き寄せられるイカロス、セイレーンの歌声。
高揚の呼吸に隆起するような体を前に、薫は息をするのも忘れる。
音もなく、青い胸がゆっくりと開いて——
「何してる!」
時に煩わしく感じる怒声が、この時ばかりは救いだ。薫はやっと呼吸を取り戻し、飛び退る。いつの間にか手さえ伸ばしていた。
「なんで裸だ!?」
薫の一番上の姉、マナはドタドタと畳を踏み鳴らし、居間を一直線に丁のもとへ。
鋭い目で睨みつけられる丁の、嗚呼、マナさん……という蕩けきった声。まるでいけないことでもしていたかのようではないか!
「な、何もしてないから!」
「まだね」
薫とアキは全裸の機械を前に無意味な弁明を試みる。
「してもらっちゃあ困るね。あんたも誰彼構わず裸見せるんじゃあないよ!」
マナの怒号を浴びても丁はどこ吹く風。しどけなく座り込んだまま、未だあの淫靡な雰囲気を漂わせている。
「実際にお見せした方がご理解いただけると考えたものですから」
「裸見せて何を理解してもらうつもりだったわけ、ええッ?」
マナは丁の肩を掴んで恫喝するが、その超重量級のボディが揺らぐことはない。
「薫が、丁くんの中に人間が入ってるんじゃないかって怖がってるから、安心させるためにだよ」
「言うなよ……」
マナの矛先が薫に向く。
「見てたらわかるでしょう! こんな人間いてたまるか!」
まったくその通りだ。今ならあんな馬鹿げた考えを抱いたりはしない。
「落ち着いてください、マナさん」
まあまあ、と丁は両の掌を向けてマナを宥めにかかるが猛獣使いでもなしに、無駄な努力だ。
「元はと言えばあんたのせいだろうが!」こうなっては手の打ちようがないことを薫は身をもって知っている。彼女は狂犬、孤独な飢えた狼だ。
「私は罪作りですね」
そこにこの他人事のような返答。そしてすうっと細められる、含みに満ちた眼光。これでは火に油、樹木に落雷、乾燥茶葉に静電気。
「教育的指導!」
マナはスポーツ審判のように片手をまっすぐ挙げ、硬く重たそうな機械の腕を捻り上げる。
「ご指導謹んでお受けいたします」
狂った機械は女に付き従い、裸のまま居間を後にした。
「また何かご不明ご心配な点があれば、いつでも、何でも、私に可能な限りお答えいたします。私は、薫さん、あなたとも仲良くなりたいのです。私は好きな方のご家族にも気に入られたいのです!」という表面上誠実な言葉を残して。
「物好きだなあ……」
騒動の中心人物が去り、居間に静寂が染み渡る。
ややしばらくの後、アキがぼそりと呟く。
「なんか丁くんえっちだったよね」
薫もそれにはまったく同感だった。機械を恐ろしいまでに美しく思ったのは、とある白黒無声映画を見て以来だ。見目麗しい人間の皮を被せられ、人間社会に騒乱と分断を引き起こすよう命じられたロボットの。破壊を誘いながらも、あの機械は——徹底的に美の権化だった。
「アタシ、ロボットもいけるかもしれない」
そう言うアキの抜けるように白い肌はほとんどが真っ赤だった。
それにも不本意ながら同感で、多感な時期に性的嗜好が力任せに捻じ曲げられたような気がした薫であった。
体の組成はどうあれ、内藤丁の思考や嗜好は完璧に非合理で瑕疵があり、人間を逸脱している。
つまり牧島重工製四五式トロイリ四型汎用亜人型自律特殊人形第弍号は人間ではなく、確かに狂った機械だ。
THE END of Inner humanity
