不在の天使 - 1/13

 彼が最初に天使を描いたのは、まだ文字というものを、祈りよりも退屈で、算術よりも不確かなものだと思っていたころであった。
 その絵は、絵と呼ぶにはあまりに稚拙で、また子供の慰みと呼ぶには、いささか陰惨にすぎた。紙の中央には、人らしきものが立っていた。翼らしいものはあったが、それは鳥の翼というより、煙突から流れ出した煤のかたまりに似ていた。顔はなかった。いや、正しく言えば、顔を描こうとした痕跡はあった。目のあるべき場所には鉛筆の濁った擦れがあり、口のあるべき場所には、何度も消しゴムで擦られた結果、紙そのものが薄く傷んでいた。
 母はそれを見て、子供らしい絵ではない、と言った。教師は、空をもっと明るく描きなさい、と言った。彼は返事をしなかった。空は明るくなかったからである。彼の中にある空は、いつも灰色であった。たとえ夏の昼であっても、窓の外の庭木が光に震えていても、彼の胸の奥には、雨の降らぬ曇天がひとつ張りついていた。
 彼は、幸福なものを知らなかったわけではない。
 母は病んでいたわけでもなく、父は暴君ではなく、食卓には温かいスープが出た。庭には季節ごとに花が咲き、祝祭日には町の教会の鐘も鳴った。少なくとも、彼の幼年期を外側から眺めた者は、それを不幸と呼ぶ理由を見つけられなかったであろう。
 だが彼は、明るいものの奥にある暗がりを先に見た。
 花はいつか腐るものとして見えた。白い壁には、まだ現れていない亀裂が見えた。人の笑顔には、いずれ閉じられる瞼の冷たさが重なった。彼はそれを悲観とは思わなかった。ただ、世界とはそういう順序でできているのだと思っていた。
 彼にとって終末とは、世界が壊れることではなかった。
 むしろ、世界がようやく装飾をやめることであった。人々の約束、家々の名札、通りの看板、礼儀、幸福、将来。そうした薄い膜が剥がれ落ちたあとに残るものを、彼は見たがった。あるいは、見たがったのではなく、どうしても見えてしまった。
 天使は、成長とともに姿を変えた。
 少年期の天使は、廃墟の中に立った。青年期の天使は、荒廃した大地の上に立った。やがて彼が画家と呼ばれるようになってからも、その天使は彼の手から離れなかった。絵具は高くなり、紙は上等になり、線は緻密になったが、天使の顔だけは、ついに定まることがなかった。
 彼はそれを人に見せなかった。展覧会に出すことも、売ることもなかった。誰かに説明することもなかった。
 説明できるようなものであれば、とうに捨てていたかもしれない。
 その天使は、信仰ではなかった。救済でもなかった。ましてや、美の寓意などという気の利いたものではなかった。ただ、彼が幼いころから自分の内奥に飼っている、白く、灰色で、輪郭ばかりが痛ましい生き物であった。
 そして、奇妙なことに、その天使はいつも半身を隠していた。
 右であったり、左であったりした。影で隠れていることもあれば、布で覆われていることもあった。ある絵では、半身だけが壁に塗り込められていた。別の絵では、翼のように見える数多の眼球が、肩から胸にかけて覆いかぶさっていた。
 彼自身にも、その理由はわからなかった。
 わからぬまま、彼は描いた。描いては伏せ、伏せては描いた。クローゼットの奥、古い額縁の裏、使用しない寝室の抽斗の底。彼の家には、誰にも知られぬ天使たちが、黙って積もっていった。
 それらの絵は、どれも未完成であった。
 あるいは、未完成であることだけが、その天使の正しい完成であったのかもしれない。
 彼はそのころ、まだ知らなかった。
 いつか、顔のなかった天使が顔を得ることを。
 そして、顔を得たがために、絵は取り返しのつかぬ罪になることを。