マナは牧島重工製四五式トロイリ四型汎用亜人型自律特殊人形第弍号が本気で怒ったところを見たことがなかった。
先日T4-2の指示を聞かずに住宅街でT1-0を乗り回して大暴れした時は少々不興を買ったが、怒るというよりは呆れて窘められた、くらいのものだ。
磁力で加速させた銃弾で彼の頑健な顎を打ち上げ、その勢いのまま野球ボールのように吹っ飛ばして美術館のガラスを粉々に割った時も、無駄なこだわりの詰まった服を破ってやった時も、怒った様子なんて微塵も見せなかった。後者に関しては悦んでさえいた。
つまり変態だ。最大限よく言えばおおらか。現にマナがT4-2の部屋のベッドにだらしなく俯せて貸本を読みながらジュースを飲んでいても何も言わない。それどころか瓶が空きそうになると台所から新しいのを持って来さえする。
そういえばこの精密機械はマナが咽喉を反らして飲み物を呷る姿に欲情するのだった。ならば布団の上で飲み食いしても怒るどころかむしろ願ったりであろう。
「つまんない」
思わず漏れたマナの呟きに、窓辺で鉢植えに水をやっていたT4-2が顔を上げる。
「では別の漫画を借りて参りましょうか」
自ら使いっ走りになることさえも厭わない性質はマナにはさっぱり理解ができない。
「あんた怒るってことあるの」
「私が記憶する限り、私が怒る必要のある事象が発生したことはありません」
「どっちかっていうとあんたが怒られる側だもんね」時間にルーズだったり、思い付いたことは言わないと気が済まなかったり、T4-2が怒られるであろう理由と原因は容易に想像できる。
「お叱りを受けることは、ええ、恥ずかしながら墨田署に着任してからは多々あります」
いつも変わらぬ微笑に沈着な声色のせいで他人事のように聞こえる。それも“お叱り”とやらの要因の一つであろう。
「もしや、嗚呼、マナさん、また私を心配してくださっているのですか」
T4-2は胸に手を当て軽く仰け反る。芝居がかったわざとらしい大仰な仕草は時折……いや大抵苛つく。だが、今はこちらが怒るべき場面ではない。
「私がご近所の皆さんの覚えめでたくなるようにと、あなたがわざと私の提案を無視して住宅密集地で大立ち回りを演じられた時のように」
「なにそれ嫌味? やっぱり根に持つタイプね」
「私は嫌味を言えるほど器用ではありませんし、根に持っているのではなく記憶力に優れているだけです」
マナは一つ溜息をつく。T4-2との問答に疲弊したのと、部屋の暖かさに。窓から差し込む春の昼下がりの陽光が部屋の空気をじんわりと熱し始めていた。
マナはブラウスのボタンを幾つか外す。体の内側も冷やすため、残るジュースを一気に呷る。焼け付くような視線が首筋を焦がす。失敗したと思った時には後の祭り。
T4-2の胸が大きく息を吸ったように膨らんで、そして長く吐息を吐くような音と共に狭まる。鋼鉄の軀に閉じ込められた星の心臓がそうさせるのだ。人間の心臓の形によく似た無加工の無骨な隕石は、彼が感極まると平時の拍動のリズムを忘れて激しく脈打つ。まったくよくできている。
機械仕掛けの男は祈るように指を組みベッドの傍に跪く。
「嗚呼、マナさん、あなたに触れる許可をください、どうか」
どうか、と乞われると、どうしてどうして拒絶する気になれない。
「好きにして」
マナは漫画に目を落としたまま許可する。
「寛大なるお心に感謝いたします」
生温かい指がマナの襟元にまといつく癖の悪い髪を一つにまとめて片方の首筋に流す。晒されたうなじを起点にして、首飾りのように首と胸元のぐるりを彩る痣を鋼鉄の指先が辿る。まるで本物の宝石を散りばめた首飾りを崇め堪能するかのように。
ぞくぞくと、首から腰までを一直線に駆け下りる官能。痣に恭しく触れられるだけでマナの欲が兆してしまう。
首筋に取りつく唇。もし彼に唇や歯や舌があったのならば、吸い付かれ、甘く噛まれ、味わわれていたのではと思うくらいの激烈な感触。
マナの目は確かに漫画に向けられているが、もはや絵や台詞を追ってはいなかった。それでもまだ俯いて、読むふりを続ける。すぐに欲情すると思われるのは癪だ。まだそう思えるくらいの理性はある。
T4-2の指が寛げた胸元からブラウスの中に忍び込む。膨らんだ胸の上部をなぞり、二の腕の内側の柔らかな部分を撫でさする。硬い肌しか持たぬが故か、T4-2はマナの肌の滑らかさ柔らかさを異様なまでに愛好する。特に今触れている二の腕の内側は首筋に次ぐほどに愛撫されてきた。おかげでまったく性的な気配すらなかったその場所に性感を植え付けられるまでに至ってしまった。人間相手に不埒なロボットだ。
「マナさん」首筋に貌を埋めたまま喋られると耳に流れ込む声が減衰しないので非常に困る。「あなたのお情けをいただけませんか」
「だめ」
「身に余る光栄……おや、だめですか」
こんな風にすげなく拒絶しても怒らず、鷹揚に首を傾げるだけなのだから恐れ入る。
「いま漫画読んでるから」それに、既に朝に一仕事終えている。ここでもう一戦交えれば事後の疲労と心地よい寝具の感触に打ちのめされて日が暮れるまでぐっすりといってしまいそうだ。それでは夕飯の支度が間に合わない。先日もすっぽかしたばかりで今日もやらかしては、おそらく命はない。秀は言わずもがな、薫も怒らせると結構怖い。
「お許しをいただけないのなら仕方がありません」
T4-2も今回はいやに素直に引き下がる。いつもならもっと食い下がって、お得意の「どうか」を繰り出してくるところだというのに。
「一人でします」
期待を持て余しうねる軀を鈍色の手が蛇行し、下腹部を撫で回す。その内側に確固たる何かがあるかのように。
「好きにして」
「好きになりますよ、きっと。私の自涜が」
酷い自惚れを抱く変態だ。
T4-2はマナがそう罵る前に上着を脱ぎ捨てズボンを下ろす。マナの視界の端ぎりぎりに、つるりとした下腹とシャツガーターが現れる。まったくたまらない。とくに拘束具のようにも見えるガーターが。
機械仕掛けの指が同じく機械仕掛けの股間に忍び寄る。軽やかな音を立てて開く上蓋。床に膝をついたまま背を橈らせて会陰を曝け出す。マナに見せつけるかのように。いや、確実にそのために。
白銀が陽の光をきらきらと反射する。閉じ合わさったそこを長い中指がゆっくりとなぞる。
「はぁ……あぁ……」深くまろやかな吐息がマナの耳を犯す。
「マナさん、気持ちいいです……もっと触ってください……」
一人で自身の欲を昂めているというのに、頭の中ではマナとの情事を思い描いている。機械だてらに業が深い。
もう片方の手はどっしりとした臀部から胸までを情感豊かに撫で上げて、シャツの上から張り出した胸を弄う。人間であれば突端のある辺りだ。そんなものついていないというのに、さながら存在するかのように快感を得られるとは、高性能というかなんというか。
がっしりとした腰が小刻みに躍り、徒花が綻んでくる。いやにゆっくりと垂れる一筋の蜜。畳に落ちる、ぽたりという音すら聞こえそうな……それほどまでにマナは食い入っていた。もちろん、視線は向けることなしに。
T4-2の中指がとうとう花弁に沈む。ぐちゅり、と鳴る淫らな湿り気を帯びた音。
「あっ、はぁっ、入って……マナさんの、指……」
そんな太くて節が凶器じみた金属の指を、よくも女の指であると思い込めるものである。そしてそんな指を根元まで飲み込む女の箇所もどうかしている。
「お゛っ、おぉお……奥っ、ん、指先で擦られると……感じすぎて、あ゛っ、んぉお゛っ!」
毎度のことながらこの獣欲に塗れた野太い喘ぎ声には、漏れ聞こえやしないかと肝を冷やすと共に興奮もする。平時にはこんな声が出るなどとは誰も想像もつかないだろうに、ひとたび愉悦を叩き込まれればこうまで乱れる。自分しか知らない機械の恋人の秘事だ。
指先で奥を掻くだけでは満足できなくなったか、T4-2は激しく指を出し入れし始める。抜け落ちる際ぎりぎりまで指を引き抜き、勢いよく突き入れる。耳障りな金属音と合成潤滑液が混ぜ合わされる淫猥な音、そしてそれを塗り潰す嬌声。
「んお゛ぉお゛お゛っ、ほ……ッ、ふぅっ、ンあ゛あ゛ッッ、もっと、乱暴に……ぃ、私は打たれ強い……ッん゛、ぉおお、ですから……ぁ」
この媚態のどこが打たれ強いというのか。どう見ても断続的に絶頂している。達する度に腰が無様に揺れて潤滑液が噴き出す。まるで射精か失禁だった。
唐突に引き抜かれる指。指先と蜜口を撓んだ透明の糸が名残惜しそうに繋ぐ。T4-2は両手で淫裂を開き、腰を迫り出して捧げるように晒す。
「ア、も……ぉ、だめです、マナさん、はやくっ、私の浅ましい場所を使って……引導を渡して……ッ、壊してくださいぃッ」
マナはとうとうT4-2を直視する。自分に向けて言われたのかと思ったからだ。確かにマナに向けた言葉ではあったが、それは彼の性妄想の中のマナに対してだった。激しく明滅する目は現実のマナをまったく捉えてはいなかった。
T4-2はマナが飲み干し空になったジュースの瓶を己が狂い咲く徒花に勢いよく突き入れた。
「——ッ!!」
ごっ、と何かが激突する鈍い音が聞こえたような気がした。
「ぉほ……マナさっ……奥゛ぅう、届い……ッ、太、ォ゛ッ……硬い゛……っ」
ぶじゅりと噴き出た愛液が瓶底に溜まる。無理矢理太い物でこじ開けられた入り口は瓶に縋り付き、ひくひくと情けなく震えている。
「へ……ッ、ふーッ……ん、ふ……ッ」
天を仰ぐ目はぼうっと霞んで、打ち上げられたまま戻って来られないのだとわかる。
「まだぁ……っ、動か、ないで……」
弱々しい哀願とは反対に、機械仕掛けの手は瓶を激しく往復させる。
「おォッ!? ぇあ゛ッ!? お゛ぅぅ……」
瓶が深く差し込まれる度に欲液が繁吹き、絶頂を示す。
最初は急な刺激に拒むようだった膣が与えられる淫悦に和らいできたようで、瓶が一際深く、密に沈む。
「あ……?」
天を仰いでいたT4-2の頭ががくりと下に傾ぐ。
「まだっ、そんな、奥、だめ、んぉおぉおお——ッ゛ッ゛!?」
一番の性感帯である行き止まりを叩き潰したのか、喘ぎ声が深く尾を引く。
「あぁ〜っ、ぁ、あ〜……」
啜り泣くような声を漏らし、ゆるくかぶりを振ってはいるが、中を犯す動きが緩むことはない。
「お゛ぅッ、お゛ぅッ、お゛ごっ、ご、ぉぇ……ッ」
瓶に激しく奥を突かれる度にあがる穢れた嬌声。
いつもの交わりでもこんなに盛大な鳴き声を発していただろうか。そう考え始めるとマナの胸に蟠りが積み上がってくる。妄想の方が随分と好さそうだと。
我慢の限界だった。
飛び起きたマナはスカートをたくしあげ、下着も乱雑にずり下ろし、完全に出来上がった怒張を露出する。
「ぉ、っお……?」
悍ましいまでに漲る筋が浮き出た逸物を、変わらぬ微笑の浮かぶ貌に擦り付ける。
「変態野郎……っ、今更妄想の邪魔はしないでやるよ。そっちはそっちで仲良くヤってな」
妙なるカーヴを描く唇に先端から浮き出る透明な汁を塗りつけて、彫りの深い鼻梁で肉竿を扱きたてる。
「こっちはこっちで好きにするから」
刹那目が合い、確かに繋がらずとも交歓した。
「マナさ……、ん、すき……ッ、くる゛ッ、出してッ、おほっ、ん゛ぉお゛ぉおおお゛ッ、い゛ぐッ、ぃぎま゛すっ、お゛ん゛ン゛——ッ゛!」
割れた絶頂の叫びに引きずられ、マナ自身も肉塔を駆け登ってくる種汁を整った表情に向けて撃ち放つ。
「あ゛ッ、あ゛ッ、濃いッ、こんなに、たくさんんッ、アァ、溺れ……ォ゛〜……っ」
ねばつく白濁に瞳も微笑も塗り潰されて、絶頂冷めやらないうちに男は再び果てたようだった。
貌から垂れ落ちた精液がシャツを汚してゆく。これはこれで征服感があった。完璧な存在を穢すのはこの上ない愉悦がある。
「はー……っ、はーっ、マナ、さん……」
全身を揺らして悦の滲んだ事後の荒い息を吐く精液まみれの男を見ていると、マナの雄が再び兆してくる。
次は本物を味わわせてやろう、そうマナが思った瞬間。
ばりん。という音とともに瓶の欠片が畳に綺羅星のごとく散る。
「ギャ」
T4-2の中に挿入されていた瓶が膣圧で完膚なきまでに粉砕されたのだ。
「これは……申し訳ありません。感極まってしまい、ついうっかり」
「怒ってる?」
青ざめたマナの問いかけに、T4-2はきょとんとした様子で首を傾げる。
「いいえ、まったく。そんなことよりも」T4-2の声色が再び蕩ける。「部屋と私の中の掃除が終わり次第、続きをいたしましょう。あなたの猛々しい乱入と軀への大量射精に、いたく興奮してしまいました」
先程までの“猛々しい”様子が嘘だったかのようにベッドの上で膝を抱えて小さくなったマナは情けない声で言う。
「いやもう無理だよぉ……」
たぶんしばらくは無理だろう。ついうっかりで自分のそれがああなってしまうかもしれないと思えば。
最近すっかり忘れていたが、目の前の男は頭のてっぺんから爪先まで余すところなく全身兵器なのだ。これで本当に怒らせればどんな恐ろしい目に遭わされるのか……T4-2で面白半分に遊ぶのはやめよう。マナはそう決意した。
「そんなあ」
THE END of Through the mill
