嫉妬と献身 A - 3/5

 燃えるような夕日を背に、誰かがマナに手を差し伸べる。一緒に来てくれないかと。よく見るあの夢。この場においては白昼夢だが。
 マナはその手に己の手を伸ばして……。

「マナさん!」
 マナが次に目を開けた時には、片手はT4-2に、もう片方の腕は女に引かれていた。女の顔には覚えがある。酒場で見た男の仲間だ。
「意識が戻ってよかった。バングルの女だけなんとかしてください」
 T4-2が口早に伝えてくる。
「手を貸します。隙をついて逃げて」
 そこまで聞いたところで、T4-2との距離が急速に離れ、見えなくなる。T4-2の右腕がばちっと火花をあげて切断される。マナの顔に飛び散るべたつく何か。
 マナは目眩とT4-2の腕の重みに引かれて床に俯せに倒れる。辺りはしんと静まり返り、喫茶・紳士服フロアでないことだけはわかる。
 あの男に瞬間移動させられたのだろう。T4-2の右腕と一緒に。
 起き上がりさっさと逃げたい気持ちはあるが、疲労と、嘔吐した挙句無理に瞬間移動させられた酩酊で、身体は重く地に張り付けられたようだ。
「なんで上に飛ばすんだろう。せめて下の階にしてくれればもう少し助かるのにな」
 倒れ伏すマナの傍で女が辺りを見回してぼやく。短い癖毛で細身だが、出るところは出たなかなかのスタイルの女。見覚えがあった。瞬間移動野郎と一緒に酒場にいた仲間だ。
 マナの眼前が一瞬歪み、ぶつっ、だか、ばちっ、だかいう湿った音と共に、T4-2の一部が降ってくる。重い音を立てて転がるそれは、彼の片方の膝から下だった。
 毎朝磨いている革靴、毛玉の一つもないソックス、プレスの効いたグレーのスラックス……よく見知った物だけに、酷く感情が乱される。
 T4-2の部品の切断面から油っぽい何かが血のように滾って流れ出る。マナの顔に飛び散ったのもきっとこれだ。
 その血溜まりの中、断面から垂れ下がった神経や筋繊維にも見えるコードが断末魔の叫びをあげるかのように激しく暴れ回り、そして沈黙した。
 血生臭くはないが、そうでなくても視覚的に吐き気を催させる光景だった。
 想像してたより気色が悪いな、と女が漏らす。
「だがこうなればこちらの勝ちは盤石。内藤マナくん、君のことは無事確保したし、あとは解体ショーが終わるのを待つだけだね」
 T4-2は瞬間移動野郎に手も足も出ず、ただ甚振られて四肢を少しずつ瞬間移動させられる憂き目にあうのだろう。殆どの超能力を無効化できると大口叩いたくせに!
「悪党って暇なの? ロボット警官なんかと遊んでないで、あたしをさっさと連れて行けば」
 マナは喉に詰まった途切れ途切れの声で揶揄する。
「貧乏暇なしだよ。じゃあ何故さっさと引き上げないかというと、あれは超高級なお土産になるから。隕鉄製というのなら、警官だろうが再利用の価値ありさ」
 マナの身体が震える。それを恐怖による慄きとでも思ったか、女はマナの傍にしゃがみ込み、声色を和らげて言葉を続ける。
「ああ大丈夫、君のことは傷ひとつつけずに連れて行くから。大将は君にいたくご執心。君の能力を買っているんだ。隕石を落としたこともあるんだってね! 今度やって見せてよ」
 ボスだか大将だかいう輩はマナが隕鉄を盗んだことだけでなく、超能力者だということも知っているらしい。
「あたしは誰の言うことも聞かないよ」
 マナの言葉に反抗の意志を感じたのか、女は言葉で牽制する。
「無駄な抵抗はよした方が賢明だね。私はいつでも君の神経を掴むことができる。神経というものはナイーブだから、少しでも狙いが逸れたら取り返しのつかないことになるよ」
 女が腕時計でも確認するかのように自身の左手首を見る。そこで上品に輝く銀色の腕輪。
 床に倒れたまま、マナはT4-2の右手に自身の手を重ねて指を組む。まるで祈るように。
「見た目によらず乙女だね。君ら恋人同士かい」
 それに対する答えは「精密射撃」銃弾一発。
 機械仕掛の右腕に迸る線状光沢。磁力に引かれて力強く握り返される手。飛び出し火を噴く銃口。磁力を帯びて、腕輪に吸い寄せられる銃弾。
「うあ!?」
 隕鉄をあしらった腕輪が弾き飛ぶ。
 女はその衝撃に体勢を崩し、床を濡らす血潮色の油に足をとられて尻もちをついた。
 マナはT4-2の右手と指を絡ませたまま、その腕を自身の腕にぴたりと沿わせて立ち上がり、バングルを足元まで引き寄せ拾う。
 艶消ししたプラチナの土台の上で星形にカットされた隕鉄の六連星が輝く、上品なデザイン。
 バングルとは腕輪のことなのだとマナは初めて知った。腕輪と言ってくれればもっと早く片が付いたのに、とマナは洒落者の迂遠な言葉遣いを恨む。
 着弾の衝撃で折れた手首をだらりと垂らし、女は残されたもう片方の手を握る。
 しかしいくら超能力を発揮しようが、隕鉄がなければちょっと胃痛や寒気がする程度だ。
「無駄な抵抗はよした方が賢明って自分で一番よくわかるでしょ」
 マナが転移させられた場所はリビング・インテリアフロアの一角。ガラスのケースに収められた刃物やカトラリーが鈍く光る。
 ガラスケースに映るマナの顔には血色の機械油が一筋。右の額から右目を縦断し、頬と首筋を伝って痣を割っている。痣が見える程に大胆に開襟されたブラウスと、いつの間にか肩からかけられている男物の外套。T4-2が失神したマナを労わったことが見て取れる。
 感謝と焦燥と苛立ちとそして心配。マナの情緒はいつもT4-2のせいで滅茶苦茶。手に負えない男。
 マナの磁力が漲って、ガラスケースの什器が血気盛んにガタガタがちがち逸る。まるで呪われて血に飢えた刀剣。
「銃で頼むよ、やるなら一思いにね」額とか、心臓とか、と女は折れたのであろう細い手首を支えながら、それでも強がって言う。
「申し訳ないんだけど、飛び道具って好きじゃないんだよね」
 マナはこの上なく穏やかに微笑み、刃物は嫌だ! と叫ぶ女の整った顔面の中心をぶん殴った。
「食べる時に使うもんを武器にするわけないだろうが」
 マナはT4-2の外套のベルトで失神した女をきつく縛りあげる。
 床に転がるT4-2の部品から流れて広がる濃い葡萄酒色の機械油がマナの靴を濡らす。血にも似た液体が床に大きな溜まりを作る様はなかなか圧巻である。これが生身の人間であったらと思うとゾッとしない。今頃出血か痛みのせいで死んでいる。
「ロボット警官が負けたらまずい」
 マナは無造作に手首にバングルを装着しT4-2と生き別れになった右腕と下腿を引き寄せ抱えると、急いで階段を降りた。
 二階下の喫茶室と紳士服の売り場は、まあ酷い有様だった。
 マナは階段室に用心深く身を隠したままフロアの様子を伺う。
 弾痕荒々しく、散らばるガラスや鏡の破片。千切れた服飾品、倒れたマネキン、壊れかけた商品棚。
 しかしその只中でT4-2は片足で器用に立ち、瞬間移動男と、いつの間にか増えたもう一人の男と対峙している。部品を失い、手数も封じられ、勝ち目はないに等しいというのに、しかしそれ故にその立ち姿は気高く、儚く、美しい。マナには少なくともそう見えた。
「錫の兵隊さん」
 マナは身を潜めたまま小さな声でT4-2を呼ぶ。
 T4-2の横顔で動かぬ瞳が確かに揺れて見えた。狼狽、あるいは……いくら思いを巡らせようと、他人の考えなどマナにはわからぬこと。
 T4-2は二本の指を立てて、その鋭い切っ先をしかと悪党共に向ける。
「ピースサイン? やっと降参する気になったか」
 瞬間移動男の言葉に、その近くで手持無沙汰にぶらぶら立っている男が言う。
「や、あれは大昔のロングボウ部隊がやる挑発すね。お前をこの指で射るっていう」
 あっ、この鉄屑が、また余計なことをして! マナは心中で精密機械を詰る。
 マナは男達を睥睨し、破壊するべき隕鉄がどれなのか見極める。
 一つ目はわかる。瞬間移動男の胸元についているブローチ。
 もう一つはおそらく瞬間移動野郎と並び立つ男が腰に巻きつけているベルトのごつい金具。それ以外にそれらしい装飾品はない。
 マナは自身の胸元と腹部を指差し見当が正しいかT4-2に確認をとる。
「その通り!」T4-2は高らかに宣言する。「あと二秒であなた方を抹殺するという意味です。いい画になりそうですね」
 二秒後にやれという意味か。それも、映像に残っても奇妙でない方法で。なんと人遣いの荒い機械。マナは口角の片方だけを上げて笑む。
「ふざけるんじゃねえぞ!」殺気立つ男のブローチと「ふざけるんじゃあないよ」マナが抱えたT4-2の腕が同時に輝く。
 湿った音を立ててT4-2の二本の指があった場所から霧のように散る朱。「やったぞ」そう慢心する敵の眼前に朱い飛沫を切り裂いて迫る鋼鉄のケーブル。敵の動きは油断に鈍っている。切先は急角度でカーブしながらブローチとベルトのバックルを弾き飛ばす。粉々になった星の欠片がきらきらと舞う。
 流れるようにとって返したT4-2のケーブルが男二人をきつく纏めて壁に叩きつけ、勝負はついた。
 マナは階段室から躍り出てT4-2に駆け寄る。
 抱き着き、掌から前腕を使って彼の目を塞ぐ。
 そして背伸びをして硬い唇を奪った。
 響き合う磁力と隕鉄。
 ケーブルに伝った磁力が紫電となって縛り付けた男二人に迸る。心地よい悲鳴はムードを高める劇伴だ。
「あんたは完全無欠」
 鉄屑になりかけ、それでも命乞いなどしない彼は、完全無欠に伊達で耽美だ。
「あなたは五歳とこのようなことをなさるのですか」
 根に持つロボットだ。とはいえ嘔吐して汚れたマナの唇を拒むこともなく、視界も唇も奪われたT4-2は指の欠けた手でマナを柔らかく抱きしめた。
「悪い人ですね」

「素寒貧じゃない。悪党って儲からないの?」
 マナは鷲鼻の男へ向けて、彼の懐から奪った革財布を投げ返す。札束は根こそぎ頂いたが大した額ではない。お茶代、マナの日給にも満たない。
 マナの自由と平和を乱した悪党共は今や、隕鉄を奪われ、あるいは破壊され、項垂れるか呆然として、消火ホースで縛り付けられている。
「これでロボット警官には敵わないとわかったよね」
 マナは隻腕隻脚の男を視線で示す。彼は均衡の欠いた軀で吹き抜けの金属柵に凭れ掛かり、こちらに背を向け物憂げに階下に視線をくれている。映像記録を残さないためであろう。
 そして、三人組を逃がしてやっても構わないという意味。
「あぁ? どっかのブスがいらねえ横槍入れなければ勝てましたがぁ??」
 男はない眉を歪めて気色ばむが、すぐに痛みに呻いて沈黙する。壁にしたたか叩きつけられて、肋骨の一本か二本は折れているかもしれない。折れていて欲しい。マナとしては。
「わかったか、わからなかったかだけ言って」
「わかったよ」マナに鼻梁を潰された女が深く頷く。「君にも敵わない」
 見た目一番傷の浅い女だが、彼女が一番観念した様子。お綺麗な顔を殴ってやったのが効いたのだろうか。
「そんな強さを見こんで一つ、いい話があるんすよね。悪いこと、したくないっすか?」
 と唐突に言い出したのは、一番年若い男。とどめの電撃のお陰で化繊の服は所々溶けて肌に張り付き無残な有様というのに、この場違いなまでに軽妙な舌運び。大物かもしれない。
「俺ら三人とあなたが組めば大抵の武力も超能力も完封できるって、お頭が言ってましたよ。そっちも隕鉄探してるんすよね? 一緒にやれば隕鉄どころじゃなく、よりどりみどり盗み放題じゃないっすか」
 そんな勧誘にもマナの返事はただ一言。「嫌だ」
「頼むよぉ、お前を連れて帰らないと殺されるぅ」
 一転して鷲鼻の男が哀れっぽく懇願してくる。
「さすがに殺されはしないけど、お仕置きはされるだろうね。電気ショックとか。かわいそうだろう」
 尻馬に乗って女も畳み掛けてくるが、まったくこいつらをかわいそうには思えない。
「いいっすね、なりふり構わない哀れを誘う作戦。お頭も、いよいよ進退窮まったらそれで行けって言ってましたもんね!」
「余計なこと言うなバカ野郎がよ」
 本当に馬鹿馬鹿しいやり取りを見下ろしながらマナは安堵混じりのため息をつく。ここまでの馬鹿なら流石に先日の“女吸血鬼”のような追手の類ではないだろう。
 しかし、だとしたら「どうしてあたしが超能力者だって知ってるの」
「ボスはなんでもお見通しだ。なんでもな」
「ふうん、心が読めるとか?」
 揶揄のつもりだったのだが、真面目に受け取った若い男が、いやいや、と首を振る。「磁力っすね」
「あたしと同じじゃない! 使ってるところ見たことあるわけ」
「この前、金属扉素手でぶっ壊してるの見たっす」
 それは怪力でも説明がつくのでは? とマナは首を傾げる。
「同じ能力があるならあたしは必要ないんじゃないの」
「君の方が本物だって言ってたな。大将でも隕石までは落とせないそうだ」
「あんたらの親玉って一体何者なの」
 手下三人は何も知らなくとも、もしかするとその頭目の方はマナを執拗に狙う奴らと関わりがあるかもしれない。
「何者と言われると」若い方の男と女は顔を見合わせて肩をすくめる。「困るね。質問はもっと具体的に頼むよ」
「顔かたちとか歳とか色々あるでしょうよ」
 顔! と鷲鼻の男が嘲笑する。
「下々に晒すのがもったいないほどのご尊顔なんだろうよ。いつも包帯巻き付けて隠してやがる」
 つまり見たことがないというわけだ。
「名前は」
 こちらもさほど期待せず聞いてみたが、答えはすぐに返ってきた。勿体つけた低く重たい声で。
「ふめつのむつめ」
 奇妙で悍ましい響き。まるで化け物か怪物。
「あんたたちそんなよく分からない奴の命令聞いてるの。どうかしてる」
「君だって似たようなものだったんじゃ?」派手な美しさ漲り自信に満ち溢れた女の顔が妖しく笑む。「今だって」その視線がちらと警官の背を刺す。
「どういう意味」
 他人にああだこうだ言われる筋合いはないと、マナは気色ばむ。
「てめえら喋りすぎじゃねえか? 殺されるぞ」
「聞かれたことは素直に答えていいって、お頭からも言われてるんだから、大丈夫っすよ」
「つまり、あんたらは重要なことは何も知らされてない、親玉から信用されてもない、あたしの役にも立たないってことね」ないないないのスリーアウトじゃないか、とマナ。
 マナは仰々しく「セラミックカッター!」と叫びながらT4-2の右腕を肘のところで折って白い刃を閃かせる。
 女が刃物だ! 刃物だ! と騒ぐ。
「うるさいな。念のために聞いとく。何のために隕鉄を盗もうとしてた」
「隕鉄欲しがってるのは超能力者だけじゃねえんだよな。だからどこに出しても金になるってことよ。どうせてめぇも金のために隕鉄盗んだんだろうがよ、貧乏人!」
 マナは口さがない男を蹴って黙らせると、刃物で消化ホースを切り裂き、唯一壊さないでおいていたバングルを瞬間移動男に向けて放る。
「お慈悲のつもりか、後悔するなよ」
 男がそう言い放つのと、彼らが消えるのはほぼ同時だった。
「ごめん。逃げられた」
 マナはT4-2を顧みてわざとらしく叫ぶ。
「私が見張っているべきでしたね」振り返る微笑。声色だけは平坦だが、満足のゆく結果に絞られる双眸の輝き。「柄にもなく落胆甚だしく、放心してしまいました」
 マナはT4-2に近づき手を差し伸べる。
「大丈夫?」
 恭しく差し出される左手は人差し指と中指が欠けている。
 マナは鈍色の手をぎゅっと握り、傾くT4-2の軀を支えるように抱く。
「大丈夫じゃないね」
「はい。服が破れました」
 破れたというよりは引き千切られたという方がそぐわしい。繊維のほつれが波打ち、ブレザーの右肩から先と、スラックスの右膝から下は失われていた。
「服を心配してる場合かな」
 そして、服と同じ場所で鮮やかに失われている右腕と右下腿。
 切断面からの出血じみた液体の流出はもはやないが、右半身を濡らす赤黒くぬめる染みと、断面から垂れ下がったコードや部品は痛々しい。
「それとも痩せ我慢してるの」
「我慢していると言ったら、褒めて下さいますか」
 稚く傾げられる頭。胸に添えられる左手。
「馬鹿ね」
「そんな顔をなさらないで!」
 どんな顔をしているというのか。失礼な鉄屑である。
「私は感覚をコントロールできますし、損傷は直せば済むことです」
 本人には痛みや喪失感というものはないらしいが、マナにとって視覚的に痛々しいことに変わりはない。
 マナは外套を脱いでT4-2の肩からかけてやる。汚損された服と切断面が隠れ、凄惨な印象が少々薄まる。
 マナはT4-2を正面から抱きしめて胸に顔を埋める。
「あたしのせい。ごめんね」
 マナはT4-2の腰から背を撫で上げ、後頭部を優しく押さえて自分の肩に載せてやる。そして労わるように撫でる。
 マナの耳を優しく擽る機械の感嘆。
「嗚呼、マナさん……どういたしまして」
「返事が噛み合ってない。頭も壊れちゃった?」
「十二分に噛み合っております。先程の謝罪は、あなたなりのお礼の言葉でしょう」
「ちがうけど」
 T4-2が穏やかに自然に、ふふ、と笑う。
「あんたの目と耳はもうあんただけの物?」
「はい。すでに随分前から私的な物です。あなたが私のケーブルに磁力を流した時に、ついうっかり、電撃に変換して外部出力用の記録回路を飛ばしてしまいました」
「自分でぶっちぎったのね。もう少し自分を大事にしたら」
「私にとってはあなたに大事にしていただく方が重要ですから」
 マナは自分の肩に乗ったT4-2の頭に唇を触れさせる。人懐っこい小動物のようにマナの身体に身を寄せるT4-2の耳元で、マナは静かに囁く。
 三人組の頭目は『ふめつのむつめ』と名乗る磁力の超能力者で、マナを仲間に引き入れようとしていること。そして金のために隕鉄を盗んで方々に売り捌こうとしていること。
「あんたのことも、バラして売っ払うか何かで利用するつもりだったみたいね。あ、つまりあんたの素材を知ってるってことにもなる」
 T4-2が顔を上げ、非難がましく眼光を細める。
「記録が終わったと知って、最初に仰ることがそれですか」
「知らせておいた方がいいかと思って。他に何言えばよかった?」
「甘い愛の囁き以外にはありません」
 脳裏を掻き回すように蠢く指。虚空にハートマークを描いているらしい。
「冗談上手くなったわね。笑える」
 マナはT4-2の胸を拳で軽く突く。片脚でも揺らがないその頼もしい軀。
「冗談ではありませんし、笑えるのは彼らが私を隕鉄の塊として見ていることの方です。切り刻んで、売り払って、時に服飾品にして超能力増強のための道具にさえする気でしょう。私は、ああ、まるで、金箔と宝石でできた王子の像です」
 妄言に蕩ける声。マナに向けているかに見えて、しかしどこか芒洋とした眼差し。
「意味がわからない」
 高性能すぎて、汎用亜人型自律特殊人形の言うことはマナにはよくわからなかった。精密機械のくせに、しばしば思考を独りよがりに患うのはなんなのだろうか。
 マナの言葉を受けて現実に引き戻されたのか、T4-2の光学レンズの奥から部品の引き締まる音がして、焦点がマナにぴたりと合う。
「幸福な王子ですよ、ワイルドの」
「ワイルド……西部劇?」
「それでいいです」
 いいとは思っていなさそうな含みのある声色とマナのせいで終着点の変わった話題をさっさと切り上げようとする手の動き。
「私はてっきり、彼らもあなたのように猟奇趣味なのだとばかり。どちらにせよ私の軀目当てということに変わりはありませんが」
「やらしい言い方」
 機械仕掛の軀の力がいよいよ抜けて、マナにかかる重量が増える。密着した身体越しに、星屑の心臓がひどく大きく早鐘を打っているのがわかる。
「故障?」
「いいえ。軀があなたを求めてしまうのです」
 マナの首筋を這う冷たくも熱っぽい唇。翻弄されてくしゃくしゃになった髪をしなやかな指が梳る。
 マナはT4-2の膝の裏に自身の腕を回して横様に抱く。バランスには欠けるが、隕鉄の力で重たさは感じない。T4-2の咽喉から低く色香に満ちた感嘆が漏れる。
「じゃ、求めに応じる」
 男の瞳が揺れて、濡れたように光が拡散して、そして淫奔に細まった。
「このような損壊状況ですが、よいのですか」
 T4-2の指が自身の右肩を摩り、視線は右膝に注がれる。微笑は阿っているようにも、困っているようにも見える。
「猟奇趣味だから、いいの」
 失言でしたね、と言いながらT4-2はマナの顔の輪郭を撫でる。
「どうかお許しください。この身が切り刻まれて千々になっても、部品の一つ一つが必ずあなたの磁力を辿って探し出してお役に立ちますから」
 隕鉄混じりの合金の指がマナの首筋を降りて、痣を撫でる。柔肌に吸い付きちりちりと焼く磁力。
「それって怖い」
 だが、そこまで執着……好かれていると思うと背筋に寒気にも似た劣情が這い寄る。