カール=レフのカルーセル - 4/4

 今や、カール=レフの騎士団は由羅の領地……いや牧場に暮らしている。
「由羅ちゃん~。驚いたわよ、都会から戻ってきたと思ったら、突然外国人の旦那さんが現れるんだから。しかもハンサムじゃない。言葉も流暢だし、乗馬姿なんてもう……もう……」
 これは隣人――といっても、林を越えた一キロ先のお隣さんだが――の言である。
 カール=レフとその騎士団は、由羅以外には、一応人間や動物、あるいは器物に見えているようである。
 例えばカール=レフは、その真なる姿そのものに。そして木馬達はその動物そのもの、そして気球は気球に。
 由羅には気球はあるがままに見える。球皮は人皮で無数の目玉が張り付き、バスケットを編み上げるのは籐ではなく無数の筋繊維。青空にぷかぷか浮かぶ血肉の悪夢だ。とはいえ、見慣れてくると、つぶらな目がかわいい。いつもにこにこしているように見える。真冬でも乗ると人肌に暖かいし、離着陸はとてもソフトで優しい。
「長いことこれだから、元の姿なんてもう思い出せないわよね」「いや覚えとるが!」「朝から目が痒いマジで」「あっ、飛行機」
 思考が少々支離滅裂なところがあるが、それはたくさんの人間の集合体だから仕方ないところ。
 馬車も似たようなもので、こちらはもう少し落ち着きはあるが、木馬達に煽られると一も二もなく爆走するのが玉に瑕。雪が降り積もると骨の車輪ではスタックするので、履帯にしてくれと頼まれているが……ほぼ生身の体にそういう改造は可能なのか由羅にはわからないので言葉を濁してやり過ごしている。
 馬や象、そして鵞鳥も、由羅以外にはモチーフとされた生き物そのものに見えているらしい。例外として、獅子だけは猫のようだ。それはそれで由羅としては助かる。牧場にライオンがいては只事では済まない。
 赤黒い気球達は今日も十勝平原の抜けるように青い空をぷかぷか、ぷわぷわ舞う。木馬の騎士達は牛を追い、あるいは木陰でうたた寝して、馬としての人生を楽しんでいる。
「この時代のこの国では、馬でいる方が楽しいですよ」
 団で一番の膂力を誇った騎士は常々そう言う。彼の今の楽しみは、筋トレ動画を見ることである。筋肉は裏切らないらしい。
「もっと筋肉があれば、錬金術師と霊薬になど負けなかったはず!」そうだろうか。
 他の馬達も趣味のかたわら、牧場の仕事に従事してくれている。体にくくりつけた器具を引く姿はなかなかクラシック。
「これが本当の一馬力!」と騎士達の長は大笑いするが、由羅にはどの辺が面白いのか今一つ不明だ。中世生まれのお爺さんとは笑いの湿度に隔世の感がある。
 戦象と化した騎士は、たまに遊びに来る子供達を背に乗せて広い牧場内をゆるりと闊歩する。彼は元より穏やかな性格で、小さな者を慈しむ性格なのだ。そして好物はりんご。趣味は水浴び。
「象であることになんら不満はありません」彼はゆっくり、ゆったりと、落ち着いた深い声で言う。腸で作られた長い鼻を揺らしながら。
 猫扱いの獅子は、最初は不満そうであったが、この世の猫好きの、猫を上にも下にも置かない扱いを知るや、にんまりと笑った。彼は昼間は家の中で微睡んでいる。つまり夜が本番なのだ。闇夜を切り裂く眼光によく研がれた鉤爪。夜間警備隊長として、彼は重宝している。
 一番の問題は、一番無害そうな鵞鳥である。元々カール=レフの顧問官だった彼は、一番博識だ。それなのに――いや、それゆえか――ネットで陰謀論にどっぷりと嘴まで浸かってしまった。
「人類は月に行っていない!」「有害物質が飛行機雲を偽装してばら撒かれている!」「著名人はゴムマスクで偽物と入れ替わっている!」と、毎日由羅にガアガアと訴えてくる。否定するとさらにガアガア喧しいので「うんうん、そうなんですねえ」くらいの返事に留めている。最後の主張だけは、身近に似たような被害者がいるので強く否定しづらいところもある。
 復讐を遂げた彼らは人間に戻れずとも、このように、それなりにいつ果てるとも知れない余生を楽しく過ごしている。
 カール=レフもご多聞に漏れない。彼は人体の原形を失っていないことを大いに利用して、今や牧場のよき従業員である。余暇は大抵由羅が薦める映画やドラマを見ている。この前はE.Tを見て泣いていた。もちろん頬を伝うのは血の涙。しかし感動によるそれはかけがえなく清く尊い。とはいえ本人には、ささやかな不満もあるらしい。
「この生活は概ね愉悦と安寧があるが」先日、カール=レフは出産したばかりの母牛を撫でて労いながら言った。「残念なことが一つだけある。君にだけは私の真なる姿を見てもらえないことだ」
 皮膚のない肌を一分の隙もなく覆う錆びたフルプレートアーマーの上に、麦わら帽子と赤チェックのネルシャツ、そしてサロペット。どう見ても、由羅にはホラー映画の殺人鬼にしか見えない。しかし彼女以外には、生前の、大輪の花か半神がごとき麗しさに見えているようだ。
 他人の視神経が羨ましいか、と問われると、そうでもない。カール=レフの甲冑は錆びてはいるが、それゆえに重厚な歴史と経験を思わせる。そして兜の下の血肉剥き出しの顔は――皮膚と身の上を奪われた本人には言えないが――なかなか凄みがあって、個人的には好きだ。
 それよりなにより、本懐を遂げた後、由羅の元に来てくれて、こうして今も側にいてくれるのが一番重要だ。風采など、二の次三の次だ。
「きっと君も気に入ったはずだ。私を好きになったかもしれない」
 唇のない口が真横に引き攣れる。笑っているのだ。
 この男、太陽のように朗らかで月のように誠実だが好意の機微には疎い。近隣住民に夫婦扱いされても由羅が否定しないことで察して欲しいものだ。
「もう、随分好きなのですけどね」そんな由羅の告白は「南極の地底深くには文明がある!」陰謀論に呑まれた鵞鳥の喚き声に掻き消された。

肉車殿堂の余生 おしまい