異形の同盟

 フォーティーナイナーズ本部統括室……それは選ばれた者だけが足を踏み入れることができる聖域。
 ……などと、頭の中で安っぽいナレーションをいれながら、前日から磨き上げた靴を鳴らして、セルヴォーは統括室の空気を目一杯吸い込む。不自然なほど整えられた清浄な空気。年長者ばかりが並ぶというのに、そこには加齢臭の一欠片もない。素晴らしい。きっとみんな気を遣っているか、ものすごい空気清浄機があるに違いない。
 セルヴォーはきょろきょろと落ち着きなく室内を見回す。
 海老茶色の室内はシックかつオーセンティック。クラシカルな調度品も相まって、これぞ裏技術提供企業の会議室、といったところ。
 室長達の目が一斉にセルヴォーに向けられる。彼らの背後に大きく掲げられた社紋までが場違いな平研究員に無味乾燥な視線をくれる。頂点から後光を放つ黄金の三角錐、その中央に据えられた単眼が。まばたきでもしたら面白いのに。
 これが陰謀渦巻く悪の組織でないというのならなんなのだ。超高級紳士クラブか? セルヴォーは今更ながら自分の所属を実感し、昂揚する。
「カンタン・セルヴォー、報告を聞かせてもらおうか」
 半円の弧を描く卓の中央に座す錬金室長が切り出す。
 彼は室長達の中でも最年長で……というかそもそも歳がよくわからない。デビュー時から五十前後の役をやっている俳優のようなものだ。ずっと“そういうもの”としてそこにいる。錬金の秘薬でも飲んでいるのだろうか。
「謹んで発言いたします」セルヴォーは蝶ネクタイを整え、一つ咳ばらいをして胸を張る。「残念ながら今回はロボット警官に会うことはできませんでした!」
 バァン! と爆発にも似た音。
「お前! “我が部門の名誉をかけて必ずやロボット警官を倒しまぁす!”と言ったよなぁ!?」
 地獄から轟くような絶叫は工学室長……セルヴォーの直属の上司のものである。先の破裂音は彼が機械化義手で机を叩きのめした音だったらしい。わざわざガス式伸展パンチで殴りつけたところを見るや、相当お怒り。
「まっ、はっ、話は落ち着いて最後まで聞いてくださいよぉ」
 セルヴォーは弱々しい笑みで阿るが、そんなものに誤魔化される男ではない。
「情報を持ち帰るどころか、会うことさえできなかったと!? お前、ロボット警官は必ず展示会に来ると言っていなかったか」
「えと、チラシを渡したので来ると……」
「チラシ!?」
 工学室長の苛つきを湛えた眼差しと、他室長の冷笑が突き刺さる。
 錬金室に次ぐ花形である工学室は目の敵にされやすい。そんな中でこの失態――と、セルヴォーは少しも思ってはいないが――工学室長からすれば万死に値する。
「工学室長、きみのとこの研究員、随分面白いじゃないか」生命科学室長が心底から面白がっている様子でにやつく。
「君、セルヴォー君、次の宴会で一発芸ね」こちらは営業室長。「なんかイイ発明ないの? 一発で君の尊厳が吹き飛ぶような」
 セルヴォーは震え上がりながらも必死に続ける。
「いやあの、本人……いや本体には会えませんでしたが、ロボット警官に非常に近しい人物と繋がりを持つことはできて、内藤マナという……」
「誰だそれは!」すかさず飛んでくる工学室長の怒号。こういうタイプは一番苦手だ。気が短くて相手の話を最後までしっかり聞かない。先日会った内藤マナも、こういうジョックタイプだと思う。ロボット警官などではなく、こういう輩をこの地上から一掃するべきでは? 絶対そう。
 とはいえ正面切って反抗する気概もなく、セルヴォーはしどろもどろ続ける。
「ええと、彼と一緒に暮らしている女性でぇ……」
「一般人じゃないか!」
「はい、ええ、そうですけどそうじゃなくってぇ……」
「彼女は一般人ではないわ」
 とても冷えた声だった。およそ血の気というものがない。この場にいるべきでない者の声。
 室長達が身構え、それぞれが思い思いの得物を取り出す……ところだが、音もなく現れたその影の正体を見るや、彼らは幽かな嘲笑を漏らして椅子に深く座りなおす。
 女だった。青白い肌、整いすぎた容姿。美しいが、彼らにとって脅威ではない。
「あら、武器すら抜かないの。後悔するわよ」
 慌てるでもなく、寧ろ堂々と女は言う。セルヴォーはただ呆けてその雄姿――女だが――を見守る。
「受付嬢の面接会場はここではないよ、お嬢さん」
「いや、他の求職者を出し抜こうとしてここに来たのかもしれんよ」
「女というのはそういうズルい所がありますからなあ」
 室長連中はそう口々に好き勝手に宣う。
 彼らは知らないのだ。この女が科学の理など通じない超能力者だと。この場でそれを知るのは展示会でそれを目の当たりにしたセルヴォーだけ。だが教えてやる義理もないだろう。人の話を最後まで聞かないような連中だ。ちょっとばかり痛い目を見て反省すればいいのだ。
「後悔したいのね」
 言うが早いか、白目を剥いた老人たちが半円の卓にぐるりと倒れかかり、その中央に白い女がただ立っていた。まるで荒地に咲く一輪の白百合だ。
「お前達の誰一人として、内藤マナには敵わないわよ」
 白磁の肌を、一筋の血が伝う。女はそれを無造作に拭い去った。
「ほあわあああ!」――独り気絶の輪から取り残されたセルヴォーが、間の抜けた悲鳴を上げた。ここまで完膚なきまでに蹂躙するとは思わなかった。「今日は会社休みだぁ!」室長全滅とあらば、お仕事はお休み不可避である。
「黙って見ていれば救いようのない馬鹿ね。本当に、あなたのような人の手を借りるべきなのかしら。――それともここで殺すべき?」
 女は冷凍庫よりも冷たい目でセルヴォーを見た。室長連中の嘲笑交じりのそれよりも、数段本気で剣呑だ。
「殺さないでください!」セルヴォーは目にも止まらぬ早さで両手を上げる。
「なら、”内藤マナは素晴らしい”と言いなさい」
「内藤マナは素晴らしい!」
「そしてこの老人どもを一人残らず殺しなさい」
「いやそれは……」
「できないの」
「だって、この人達、別に、あの……ただのおじさんたちなんです! 偉そうですけど、まあ、たまに死んでくれと思いますけど……」自分で殺したくはない。どこかの誰かが自分の目の届かない所で適当にやってくれたらなあ、くらいのものだ。
「冗談よ」
「なんだ冗談か。内藤マナは素晴らしいっていうのも?」
「それは本気」
 女はセルヴォーに、黒い手袋に包まれた手を向ける。
「あなた、展示会でロボット警官を倒せると豪語していたわね。それに偽りはない?」
「ありません。僕の発明とリサーチ能力があれば、必ず」いつか、きっと。
「なら、私に協力しなさい」
 それは要請というより命令だった。拒絶の余地はない。
「はい、はいはいはい」二つ返事どころではない、良いお返事。「喜んでー!」
「私とあなたは目的は同じはず。内藤マナを取り戻すという」
「あ、いや、違いますけど」
 女は唇を噛んでから言い直す。
「……あのいやらしいロボットを倒すという」
「はいはい、理解しました。あなたはあのロボット警官を排除して、内藤マナとヨリを戻したいんですね」
 展示会の乱戦で、この女は内藤マナと極めてスムーズに連携していた。旧知の仲なのだろう。
「話が早いわね。その通り。私はミナと呼ばれているわ」
「僕はこういう者です」セルヴォーは礼儀正しく名刺を差し出す。
「読めない」ミナはすげなく名刺を投げ捨てる。「名乗りなさい」
「カンタン・セルヴォーです」
「いいわ。カンタン・セルヴォー。一緒にあの機械をこの世から抹殺するのよ」
 抹殺は本意ではないが、大きなくくりでは抹殺ともいえる。
「あなたのような人がいると心強いです。もう一人、誘いたい人物……物がいるんですけど、構いませんか」
「いいわよ、裏切らなくて、私に従順ならね」
「従順も従順ですよ。内藤マナに会えると言えば」
 セルヴォーの脳裏に燦然と輝くのは金色の歯車。そして、カチカチと秒針を刻む音――

THE END of Clear cerebral