洗濯日和 - 8/8

 その芳醇な甘味を舌で蕩けさせると、脳天突き抜けるような酒精が解き放たれる。
「戦いには勝ったけど、ご近所さんには負けたようなもんね。こんなによくしてもらっちゃあ、また助けてやるしかない」
 マナは洋酒入りのチョコレートをもう一粒口に放り込み、その箱をためつすがめつ眺める。こんな洒落た食べ物、近所の店で売られていただろうか……などという些細な疑問は、色気より食い気な内藤家からこの食糧を隠匿しおおせたT4-2への賛嘆の念と官能の愉悦の前に霧散する。
 勝手に拝借したT4-2のガウンを纏い、怠惰に床に寝そべっての喫食はまるで古の帝国人。
「敗北は甘美な味でしょう」
 T4-2はチョコレートと共に書き物机に置かれていた花束を手に取る。白い可憐な花が程よい本数で纏められていて上品だ。
「その花束誰から」
 その素朴な花の選別に真心と、真摯な愛情を見出して思わず聞いてしまう。洒落たチョコレートも花束と同じ人物からの贈り物かもしれないと想像した途端、高級だった味が鈍る。
「私からです」機械の両手が花束を恭しく女に捧げる。「実は、そのチョコレートも。あなたは私の悪徳 viceそして逆もまた然り vice versa
「気障ったらしい。つまり、あんたはあたしの美徳?」
 マナは自分が柔和に微笑んでいることも知らず、花束を受け取る。
「はい」T4-2は胸の前で指を組み、こくんと頷く。
 清純な所作だが、その身に纏う蛇柄の部屋着は汚穢に塗れている。
「服汚れたね」
 互いの卑猥な色々が飛び散り、染み入ったそれ。
「洗えば済みます。落ちない汚れもありますが、それは気にしなければいいだけのこと」
 マナは花束から花を一輪引き抜き、T4-2のガウンの胸元に差す。花弁が六枚の白い花はまるで白銀の六芒星。
「これはあんたに似合うよ」保安官バッジみたいだもんね、とマナ。
 T4-2は項垂れて胸元の花を弄うと、マナをじっと見つめる。
「もう私に心を砕くことはなさらないでください。私は誰になんと思われていようが構わないのです」
「あんたの気持ちなんか知ったことじゃない」
 思わず怒気漲る表情と声になるマナ。しかしすぐにそれは消沈し、いつもの無愛想な、つまらなそうな顔に戻る。
「ああいうことしたのはあたしの気持ち」心からの、とT4-2から視線を逸らして言う。「あたしはあんたにあげられる上等な物なんて何一つ持ってないからね」星屑の心だとか、火薬に光線だとか。「あるのはちょっとした磁力と悪意くらい」だから磁力と悪徳は世のため人のため……ひいてはT4-2のために使うのだ。
 そんなこと……、とT4-2は穏やかな吐息と共に漏らす。
「難しいことは考えず、何か優しい言葉をかけてくださったのならば、それだけで私は報われるのですよ」
「言葉はタダだから、なんだか安っぽいでしょ。いくらでもいいこと言えるもの。それにあんたに対して優しい言葉なんて思いつかないわ」
「だからこそ私は言葉でいいのです。口の重たいあなたの言葉は何より価値があります」
 マナはすっかり鼻白む。
「あっそ。あんたには何言っても無駄みたい。じゃあね、おやすみ」
 マナはT4-2の部屋を後にする。
「あなたは良い人です。内藤マナさん」
 襖が閉まりきる寸前に背中にかけられる言葉。
 閉めた襖に背を預け、マナは殆ど唇を動かさず、ごくごく小さく呟く。
 途端、背の支えが瞬間的に金属の物へと取って代わる。後ろから強く優しく抱きすくめられる身体。洗いたてのガウンは情に塗れても石鹸の香り。
「私も愛しています」
 大変聴力の優れた汎用亜人型自律特殊人形がそう応える。
「勘違いしないでそういう意味じゃない」
 そう吐き捨てるマナの顎が優しく捉えられ、仰がされて、降り注ぐ接吻。
「汚れついでですから……ねえ」
 機械の甘えるような声。纏いつく蛇のような双腕。首飾りを這い、腰を抱き……。
 マナの答えも待たず、再び部屋に引き入れられて、閉じられる襖。
 愛していると言葉にするのはとても容易い。
『言ってないでしょ。あんたのこと、最近……嫌いだって』
 ただマナはそう呟いただけ。
 そしてそれは星の心が望んで止まなかった何か優しい言葉だったというわけ。

THE END of The Dirty Laundry