王女
王女が目を覚ました時、左の乳房には歯形があった。
薄く開いた天蓋の隙間から暁の光が差し込み、寝台に横たわる裸身を、死人の腹を検める刃物のように青白く切り分けている。
歯形は乳房のなだらかな膨らみ、その上方に残されていた。血の滲むほど深くはない。ただ幾度も同じ場所を噛まれ、皮膚の下に消え難い記憶を埋め込まれたような、褪せた半月形の痕。
誰にされたのか、王女は知らなかった。
そもそも昨夜のことを何一つ覚えていない。
起き上がれば、長い髪の下で首筋が軋み、腿の内側には強く掴まれたような鈍い痛みがあった。身じろぐたび、腹の底に甘い重みが揺れた。それが空腹でも病でもないことだけは、成人して久しい身には分かる。
しかし何故そうなっているのかは分からない。寝具に恥ずべき残滓もない。
窓の外には、死に絶えた王都があった。
屋根という屋根を肉色の茨が覆い、尖塔は膨れ上がった蔓に締めつけられて傾いている。往来には馬車も人影もなく、ただ風に転がされる枯葉だけが、誰も目覚めぬ朝を律儀に行き来していた。
国中の者が眠っている。
乳母も、侍女も、衛兵も、玉座に仕える大臣達も。パン窯の前で倒れ伏した職人も、城門の下で槍を抱いた兵士も、皆が呼吸だけを残して深い眠りに沈んでいた。
そして王女だけが目覚めている。
何故自分だけが、と考えるより先に、王女は塔を見た。
王都の北端、山の骨を穿って築かれた黒い塔。雲を貫くその頂に、かつてこの国を創り上げた旧き王が眠っている。
王を目覚めさせなければならない。
それが誰に教えられたことなのかは思い出せなかった。ただ、その考えだけが生まれた時から心臓の裏に彫り込まれていた戒律のように、疑う余地なく王女を支配していた。
王女は旅装に着替え、剣を腰に吊り、眠る王城を後にした。
塔へ至る道は茨に塞がれていた。
しとどに濡れた蔓は互いに縒り合い、巨大な神経束のように脈打っている。その棘に触れた鳥や小動物は血を吸い尽くされ、皮と骨だけの軽い供物となって枝に吊られていた。
だが王女が近づくと、茨はゆるゆると身をほどいた。
肉の棘の狭間に、初めから彼女の身体の幅だけを測って作られていたような道が生じる。
歓迎されている。
そう思うと、喉の奥がかすかに動いた。
恐ろしくはなかった。それどころか、遅かったではないかと責められている気がした。
塔の石段は螺旋を描いて上へ続いていた。
壁を這う蔓の根が石の隙間から生白く覗き、王女の足音に合わせて収縮する。塔そのものが巨大な腸であり、彼女はその奥深くへ呑み込まれているのではないか。そんな錯覚が胸を掠めた。
段を上るにつれ、王女の呼吸は荒くなった。
疲労のためだけではない。
知らない香りがする。
古びた香油、乾いた薔薇、火の消えた蝋燭、そして温かな男の肌。嗅いだことなどないはずなのに、そのすべてを懐かしいと、この身のどこかが知っていた。
下腹部に熱が集まっていた。
衣の内で、彼女の雄が硬く脈を打っている。
「何なの……」
塔へ入って初めて口にした声は、石の腹の中で幽かに反響した。
返事はない。
ただ遥か上方から、寝台の軋むような音がした。
塔の頂に扉はなかった。
円形の部屋の中央に、黒檀の寝台が置かれている。天蓋から垂れ下がる薄絹は腐りかけた花弁のように重なり、その奥に眠る男の輪郭を朧に透かしていた。
王女は剣を床に置いた。
刃金の触れた音に、胸の奥で何かが弾ける。
足は迷わなかった。
薄絹を左右に分ける。
そこに国王が眠っていた。
壮年を過ぎかけた男だった。
白いものの混じる黒髪。年輪の刻まれた目元。厚い胸郭と頑健な腹、長い眠りによってなお損なわれぬ、戦場と政務の双方に耐えてきた重たい巨躯。
王女が知る肖像画の国王は、冠と衣と権威に覆われていた。
だが、ここにあるのはただ一人の男だった。
衣服を身につけず、無防備に仰臥し、ゆるく開いた唇から静かな息を吐いている。逞しく毛深い脚の間には、男の象徴はなく、代わりに慎ましく閉じ合わされた女の器があった。
王女の喉が蠕動した。
初めて見る姿である。
そうでなければならない。
しかし胸を満たしたのは驚きではなかった。
安堵だった。
「……ようやく」
そう呟いてから、王女は眉を寄せた。
何が、ようやくなのだろう。
彼を探していたのは確かだ。だが、それは今朝目覚めてからのことに過ぎない。
寝台の傍らに膝をつく。
石床には、ちょうど人が跪く場所だけ、長い歳月に磨かれたような浅い窪みがあった。
王女は国王の頬に触れた。
温かい。
死んではいない。
指先で顎の骨を辿り、首筋へ降りる。脈はひどく遅いが、確かに血を送り出している。
国王は目を開かない。
それでも王女の指が耳の下の窪みに触れると、眠る男の喉からかすかな吐息が漏れた。
王女は手を止める。
偶然かと思い、もう一度同じ場所を撫でた。
「……ぅ」
今度は明瞭だった。
国王の眉根が寄り、頭がわずかに王女の掌へ傾く。
初めて触れたはずの場所が、その指を待っていた。
ぞくりと、王女の背筋を熱いものが這った。
彼女は国王の肩へ視線を落とした。
右肩に四本、爪で引き裂かれた痕がある。
すでに傷口は塞がり、薄桃色の筋となっていたが、その並びには奇妙なほど見覚えがあった。
王女は自らの右手をそこへ重ねる。
四本の指先が、傷痕にぴたりと重なった。
「知らない」
誰に向けるでもなく言った。
「わたくしは、あなたを知らない」
国王は眠っている。
王女はその胸へ身を屈めた。
耳を押し当てれば、分厚い筋肉と骨の奥で、心臓が低く鳴っている。遠い神殿の鐘のような、遅く重たい音。
その律動を聞いていると、堪らなく悲しくなった。
理由を探しても無駄だろう。
王女は目を閉じ、国王の胸に唇を触れさせた。
接吻を落とす。
一度。
二度。
肌の香りを吸い込むうち、乾いていた唇は徐々に湿り、接吻は長くなる。胸骨の中央から乳首へ。隆起する腹の筋を一つずつ辿り、臍の窪みに舌を差し入れる。
国王の肢体はその度に幽かに震えた。
逃れるのではない。
追うように。
王女が身を退けば、眠る男の腰がわずかに浮く。無意識のうちに途切れた接触を求めている。
その慎ましくも明瞭な懇願に、王女の雄はいやましに硬くなった。
塔の入口に刻まれていた古い言葉を思い出す。
眠りし者が拒むならば、茨は来訪者を骨まで喰らう。
茨は道を開いた。
この肉体もまた、王女を拒んではいない。
ならば。
王女は国王の内腿に手を置いた。
指を滑らせると、鍛えられた筋肉が緊張に硬く盛り上がる。しかし膝は閉じられず、むしろひどくゆっくりと左右に沈んでいった。
開かれた陰に、男の女陰が露わになる。
整った毛の奥、薄く引き結ばれた陰唇はすでにしっとりと濡れていた。
まるで長い眠りの間、絶えず誰かを待ち続けていたように。
王女の指がそこへ触れる。
「ん……」
国王の腹がきつく縮まった。
王女は驚いて顔を上げる。しかし瞼は閉じたまま。眠りの底で苦悶するように眉を寄せ、唇からは熱のある息だけが漏れている。
肉の器だけが起きている。
王女の指を知り、その先にあるものを欲している。
王女は濡れた裂け目を二本の指でなぞった。下から上へ、粘液を掬い上げるように。隠されていた小さな突起に触れた瞬間、国王の腰が跳ねる。
「ぁ……ッ」
重たい男の声が甘く掠れた。
その響きが王女の神経を打ち、血潮を腰へ押し流す。
もっと聞きたい。
もっと彼の腰を揺らしたい。
そう思ったことに躊躇いはなかった。理屈は茨の森の彼方へ置き去りにされていた。
王女は衣を脱いだ。
留め具を外す手つきは性急で、絹地が腕や腰に絡みつくのさえ煩わしい。裸身となれば、細くしなやかな肢体の中心で、両性具有の証が強く屹立していた。
寝台へ上がり、国王の腰を跨ぐ。
互いの性器が触れ合った。
「っ……」
声を漏らしたのは王女の方だった。
濡れた陰唇が怒張の腹へ柔らかく吸いつき、熱い粘液を塗り広げる。
知っている。
王女の肉体が、理性を追い越してそう訴えた。
この温度も、柔らかさも、押しつければ花弁のように開く肉の形も。
知るはずがない。
それなのに腰は迷わず動いた。
肉棒を擦り合わせ、先端を入り口へ導く。角度をわずかに下げ、国王の腰を持ち上げる。
そうすれば深く受け入れられると、本能が知っていた。
「陛下」
王女は眠る男の顔を見下ろした。
「わたくしを、お望みですか」
答える言葉はない。
ただ国王の手が動いた。
鉛のように重く寝台へ沈んでいた腕が持ち上がり、王女の腰へ触れる。指は力なく肌を滑ったが、やがて腰骨を見つけ、そこへ縋るように絡みついた。
王女は息を呑んだ。
そして腰を落とした。
「ん゛……ッ」
国王の喉から低い呻吟が押し出された。
柔らかな肉の入り口が王女の怒張を包み、張り出した先端を呑み込む。久しく閉ざされていたとも、初めて暴かれたとも思えないほど、それは素直に開いた。
肉襞は熱く、濡れ、吸いつくように王女を迎え入れる。
浅く沈めただけで、国王の腰が追い縋った。
もっと深くと。
言葉のない肉体が請うている。
王女は国王の腰を抱き、さらに奥へ身を沈めた。
「お゛、ぅ……ッ、あ……」
男の胸が大きく反り、喉が露わになる。
王女の雄は余すところなく呑み込まれ、下腹部が密着した。
胎の入り口へ、先端が触れている。
そこだけは眠りの番人のように硬く閉じていたが、王女が腰を揺らすたび、小さく慄き、押し返し、そして名残惜しげに絡みつく。
なんと淫らな身体だろう。
王冠と甲冑に隠された頑健な男の肉体が、下半身だけは王女を歓待し、甘く濡れそぼっている。
それが冒涜的であるほど美しかった。
王女はゆっくり腰を引いた。
肉襞が怒張へ纏いつき、引き留める。先端が抜け落ちかければ、国王の指が王女の腰へ食い込む。
眠っていても離すまいとする。
王女は堪らず再び腰を打ちつけた。
「ん゛ぉッ!」
重たい寝台が軋んだ。
塔を包む茨がざわめく。
王女は同じ動きを繰り返した。浅く引き、深く押し込む。王の内側を擦り、押し広げ、閉じた胎の入り口を肉の鋒で打つ。
その度に国王の咽喉から、眠りの底に沈んでいた声が震えて漏れた。
「ぅ、あ……ッ、ん、お゛……」
低い男の声が徐々に濁り、湿り、意味を失ってゆく。
王女の腰もまた熱に呑まれた。
初めて受け入れる相手であるはずなのに、国王の内側はあまりにも王女の動きに馴染んでいた。
速くすれば追従し、深くすれば内側から強く搾る。角度を変えれば、そこだとでもいうように巨躯が跳ねる。
王女自身もまた、彼の感じる場所を一つずつ確かめる必要がなかった。
己の腰がすべて教えてくれた。
腰を僅かに持ち上げ、斜めに突き込めば、国王の腹の奥がきつく痙攣する。
「が、ぁッ……!」
男の目尻から一筋、涙が零れた。
王女はそれを舐め取った。
「どうして泣くのです」
答えはない。
だが王女もまた、何故か涙を堪えられなかった。
知らない人なのに。
今朝初めて、存在を思い出しただけの王なのに。
この人を失いたくない。
胸郭の奥を真鍮の爪で掴まれたように痛み、王女は国王へ覆いかぶさった。
接吻する。
唇を重ね、開け放たれた口へ舌を差し入れる。眠る男の舌が緩慢に動き、王女のそれへ絡みついた。
拙いのではない。
慣れきっているのでもない。
ただ王女の舌だけを受け入れる動きだった。
腰を打ちつけながら、王女は夢中で国王を抱いた。
肌と肌が擦れ、汗が混ざる。胸の間に体毛が絡み、腹の筋肉が衝撃のたびに硬く隆起する。
国王の中はすでに蕩けきり、王女の雄を深く呑み込みながら、濡れた音を塔の最上階へ響かせていた。
「陛下、わたくし……」
何を言おうとしたのか分からない。
愛している。
見つけた。
遅くなった。
どれも初対面の相手に向ける言葉ではなかった。
王女は言葉を捨て、動きだけを激しくした。
国王の腰を両腕で抱え込み、最奥を突き上げる。男の巨躯は寝台から浮き、王女の腕の中で何度も大きく震えた。
「あ゛ッ、ぉ、お゛ッ……ん゛、ぁあ……!」
王の声はもはや威厳も言葉も失い、肉の器を震わせる音となる。
王女の理性も溶けた。
国王の女陰へ腰を叩きつけ、内側の熱に怒張を搾られ、快感の波が背骨を駆け上る。
胎の入り口が先端を捉える。
今度は退かなかった。
きつく吸いつき、王女を奥へ引きずり込もうとする。
「わたくしを、そこまで……入れて……」
王女は自らの言葉に驚く暇もなく、全身の重みを腰へ乗せた。
肉の先端が硬い関を押す。
王の内側が慄き、開く。
ほんの僅か、深くなる。
「ん゛あ゛ァ——ッ!」
国王の背が弓なりに反った。
王女の右手がその肩へ食い込む。
四本の爪が、すでにあった傷痕の上を正確になぞり、薄い皮膚を再び引き裂いた。
血が滲む。
その赤を見た瞬間、王女の雄が激しく脈打った。
王女は国王の奥へ欲を吐き出した。
白い熱が閉ざされた胎の入り口へ打ちつけられ、柔らかな肉道を満たす。国王の女陰は注がれる一滴ごとにひくつき、王女を搾り、さらに深くへ欲望を引き込んでゆく。
国王もまた果てていた。
雄の器官はない。ただ腹の内側から始まった絶頂が、頑健な体躯を隅々まで震わせる。
脚が王女の腰へ絡みつく。
腕がその背を抱く。
眠りの中の動きとは思えぬほど強く、王女を離すまいと抱きしめた。
王女はその胸へ顔を埋めた。
心臓の音が速くなっている。
長く沈黙していた神殿の鐘が、狂ったように打ち鳴らされている。
「目覚めて」
王女は祈った。
「お願い。わたくしを見て」
国王の腕に力が籠る。
閉ざされていた瞼が震える。
長い睫毛の隙間から、瞳が覗いた。
暗い青。
王女はその色を知っていた。
知るはずがないのに。
国王は焦点の合わぬ目で王女を見上げ、何度か瞬きをした。やがて初めて光を見る者のように目を細め、唇を開く。
「そなたは――」
世界が白く灼けた。
国王
国王が目を覚ました時、右肩には四本の爪痕があった。
暁の光が玉座の間へ差し込み、石床に横たわる国王の半裸を冷たく照らしている。
肩の傷は新しい。
血はすでに止まっていたが、赤い筋の周囲には爪が食い込んだ時の熱が残っていた。
誰にされたのか、国王は知らなかった。
そもそも昨夜のことを何一つ覚えていない。
身を起こせば、腿の付け根と腰に鈍い疲労があった。女陰は濡れ、腹の底には誰かの熱を注ぎ込まれた後のような、甘く重たい感覚が蟠っている。
国王はしばらく、玉座の脚へ背を預けたまま呼吸を整えた。
奇怪な朝だった。
誰も目を覚まさない。
近衛も、侍従も、夜警も、大臣も。王城のすべての者が、持ち場で深い眠りに落ちている。
王都もまた沈黙していた。
ただ一人、国王だけが起きている。
窓の外、肉さながらにのたうつ茨の海の彼方に、一本の塔が聳えていた。
あそこに王女が眠っている。古の世、国の繁栄のために己の昼を差し出し、永遠の眠りについた。
国王はそう知っていた。
何故知っているのかは分からない。
とにかく彼女を目覚めさせなければならない。
その考えだけが、王冠よりも重く国王の頭を支配していた。
国王は衣を整え、剣を取り、塔へ向かった。
茨は彼の前で道を開いた。
肉色の棘は年老いた獣が主人へ腹を見せるように地へ伏し、その狭間に一本の道を作る。
国王はそれを不審に思った。
だが恐ろしくはなかった。
むしろ、何故これほど遅くなったのだと、自らを責めたい気持ちになった。
塔の石段を上る。
歳を重ねたとはいえ、国王の肉体はまだ強靱だった。息は乱れず、脚も鈍らない。
しかし胸は苦しい。
上へ近づくにつれ、知らない女の香りが濃くなる。
薔薇とも、雨とも、温められた蜜ともつかない匂い。
嗅いだことなどない。
それなのに肺の底まで吸い込みたくなる。
塔の頂には、天蓋付きの寝台が置かれていた。
そこに王女が眠っている。
細くしなやかな肢体。長い髪が枕と寝台へ流れ、銀糸の川のように裸身を縁取っている。
胸は豊かで、腹は平らに引き締まり、脚の間には女の器と、柔らかく萎えた男の器官、その双方が備わっていた。
神代の両性具有。
相反する二つの用途を一つの肉の器に宿す、完全にして淫らな神性。
国王は息を止めた。
初めて見る女である。
そうでなければならない。
だが、その寝顔を目にした時、胸に浮かんだのは驚きではなかった。
「ようやく……」
言葉が勝手に口をついた。
国王は眉を寄せる。
何が、ようやくなのか。
彼女を探し始めたのは今朝からだ。
国王は寝台へ近づき、王女の傍らに膝をついた。
石床には、ちょうど彼の膝が触れる場所だけ、長年誰かが跪き続けたような窪みがあった。
王女の左の乳房に歯形がある。
薄い痕だった。
古傷のようにも、つい先ほど強く歯を立てられた痕のようにも見える。
誰がつけた。
国王の腹の奥に、理由のない怒りが湧いた。
眠る女の肌へ、誰が触れた。
誰がこの柔らかな肌へ歯を立て、己の所有物であるかのような徴を残した。
国王は自らの考えに戸惑った。
彼女は自分のものではない。
名すら知らない。
それでも、その痕を指でなぞると、胸郭の内側を黒い獣に引き裂かれるようだった。
王女の肌は温かい。
呼吸もある。
国王は頬へ触れ、髪を耳へ掛けた。
その瞬間、王女の唇から吐息が漏れた。
首がゆるく傾き、頬が国王の掌へ押しつけられる。
愛撫を受けるための動きだった。
「私を知っているのか」
答えはない。
王女は眠ったまま。
国王は耳の後ろを撫でる。
全身が小さく震えた。
首筋をなぞる。
胸が持ち上がる。
指先で乳房の形を辿り、先端へ触れると、王女の腹がきつく縮まった。
国王の指は迷わない。
触れたこともない女の、感じる場所を覚えている。
王女もまた、初めて触れられた者の反応ではなかった。
国王が手を離そうとすると、眠る女の指がその手首を掴んだ。
細い指だった。
だが存外に力強い。
離すな、と訴えている。
国王は目を閉じ、深く息を吐いた。
茨は彼を通した。
この肉体もまた、国王を拒んではいない。
ならば。
国王は王女の乳房へ口づけた。
柔らかな肉を唇で挟み、舌で先端を撫でる。王女の背が寝台から浮き、喉から甘い声が漏れた。
「ん……ぅ」
国王は歯形のある場所を避けた。
誰かの痕に触れたくない。
そう思っているのに、唇は何度もその周囲を巡った。
口づけながら、手を腹へ滑らせる。
臍の下。柔らかな陰毛。両性の器官。
国王が指で触れると、萎えていた王女の雄がかすかに脈打った。
指の腹で撫で上げる。
もう一度。
三度目には、肉柱は明確な硬さを得ていた。
眠りながら、王女の腰が国王の手へ押しつけられる。
国王はその反応を見下ろした。
女の美しい面差しを持ちながら、脚の間には雄々しい欲望を漲らせている。その矛盾は少しも醜くない。むしろ神が生命を二つに分ける以前の、原初の美そのものに思えた。
国王の女陰が熱を持つ。
本能は、この後どうすればよいか知っていた。
王女の雄を口へ含むことも、手で果てさせることもできる。
だが、それでは足りない。
この聖体を、自らの内側へ迎え入れたい。
そうして深く繋がらなければ、彼女を目覚めさせられない。
理由のない確信だった。
国王は衣を脱いだ。
王女の腰を跨ぎ、硬く立ち上がった怒張を手に取る。
熱い。
脈打っている。
眠る王女の一部でありながら、それだけは明確な意志を持つ生き物のように、国王の掌へ重たく身を預けた。
国王は自らの女陰へ指を触れさせた。
すでに濡れている。
今朝目覚めた時から残っていた粘液に、新たな欲の蜜が混じっていた。
指を差し入れる。
肉の内側は柔らかく、驚くほど容易に開いた。
まるで毎夜、同じ太さと形を迎え入れてきたように。
「私は……」
国王は掠れた声を漏らした。
誰に向けるでもない。
「こんな身体だったか」
経験がないわけではない。
しかし誰かを受け入れた記憶など、遠い昔に数えるほどしかない。ましてや、目の前の王女の肉体に合わせて作り替えられたかのような、この馴染み方は何なのか。
国王は怒張の先端を自らの入り口へ宛がった。
王女の手が動いた。
眠ったまま、国王の腰を両手で掴む。
そして、引いた。
「ぅ、ぐ……ッ!」
国王の女の器へ、王女の雄が浅く埋まる。
太い先端が陰唇を割り、濡れた肉襞を押し広げる。
国王は奥歯を噛み締めた。
痛みはない。
ただ、帰ってきたという不可解な安堵があった。
この形。
この熱。
身体の奥深くに置き忘れていたものが、ようやくあるべき場所へ戻ったような。
王女の腕がさらに腰を引く。
「待て……」
制止は聞き入れられない。
眠る身体には理性も遠慮もなく、ただ相手を求める原始的な欲望だけがある。
国王の腰が沈む。
「お゛……ッ、ぉ、あ……」
怒張は奥へ奥へと入り込み、国王の肉道を余すところなく満たした。
下腹部が王女の腰へ触れる。
先端は胎の入り口を強く押している。
そこまで深く受け入れた瞬間、国王の全身を痙攣が走った。
慣れている。
己の女の器は間違いなく、この王女の形に慣れている。
国王は王女の胸へ両手をつき、荒い息を吐いた。
「どういう……ことだ」
王女は答えない。
ただ国王の内側で、怒張が力強く脈打っている。
その度に肉襞が刺激され、腹の奥から快感が湧いた。
国王はゆっくり腰を上げた。
王女の雄が抜けてゆく。
内側の肉がその形へ吸いつき、引き留める。張り出した先端が感じる場所を擦るたび、国王の喉から低い声が漏れた。
「ん゛、ぅ……」
抜け落ちる寸前、王女の手が国王の尻を掴む。
そして強く引き戻した。
「がッ、ぁ……!」
奥を穿つ衝撃に、国王の視界が白く明滅した。
王女は眠ったまま腰を動かしている。
小さく、しかし確かな律動。
国王の内側を知り尽くしたように、最も感じる角度を狙って突き上げてくる。
「そなたは……眠っているのでは、ないのか」
答えの代わりに、深い一撃が返された。
「お゛ッ……!」
国王の腹が縮み、背が反る。
王女の雄が胎の入り口へ強く当たり、そこから甘い痺れが全身へ広がった。
国王は王女の腰を押さえようとした。
しかし手が止まる。
止めたくない。
もっと動いてほしい。
この老いた身を好きなように使い、奥深くまで暴いてほしい。
自らがそう願っていると認めた瞬間、王の矜持は熱に炙られた蝋のように溶けた。
国王は王女の胸へ身を伏せた。
腰を持ち上げ、落とす。
「ん゛ぉ……ッ」
再び深く呑み込む。
王女が応じるように腰を突き上げる。
国王は自ら上下しながら、眠る女に犯されていた。
どちらが抱いているのか分からない。
王を目覚めさせるために王女がそうしているのか。
王女を目覚めさせるために王がそうしているのか。
肉体の境界はすでに意味を失っていた。
国王の女陰は淫らに濡れ、王女の怒張を容易く出入りさせる。そのたび粘液が二人の腰を濡らし、寝台へ落ち、湿った音が塔の中に響いた。
「ぅ、あ……ッ、深い……」
国王は呻いた。
王女の細い指が腰へ食い込んでいる。
その位置にも覚えがある。
今朝から腰骨に残っていた痣と、寸分違わぬ場所。
この手に掴まれたのだ。
だが、いつ。
国王は王女の顔を見た。
瞼は閉じたまま。
けれど眉は苦しげに寄り、唇からは熱い吐息が漏れている。
「目覚めよ」
国王は呼びかけた。
「私を見ろ」
自分でも驚くほど切実な声だった。
王女の腰が強く跳ねた。
国王の奥を鋭く貫く。
「お゛ぉッ……!」
王は王女の胸へ縋った。
左の乳房。
見知らぬ歯形が目の前にある。
誰がつけたのか。
何故これほど憎いのか。
国王はその傷の上へ口づけた。
舌でなぞる。
王女の身体が震える。
指で乳首を摘みながら、古い歯形を唇で挟む。王女の腰の動きがいやましに激しくなり、国王の奥を容赦なく穿った。
「あ゛、あ……ッ、待て、少し……」
待つはずがない。
眠る王女は、国王の懇願の意味など知らない。
いや、知っていて無視しているのかもしれない。
国王が弱い声を上げ、逃れようとするほど、彼女の手は腰を強く掴み、奥へ奥へと肉杭を打ち込んでくる。
「ん゛、お゛ッ、そこは……ッ、あぁ……!」
王の低い声が淫らに崩れる。
国王は王女の胸へ歯を立てた。
古い痕とまったく同じ場所へ。
皮膚の下にあるものまで噛み締め、二度と消えぬよう刻印する。
王女が高く息を吸った。
「……ぁ」
眠りの底から漏れた声。
国王は噛みついたまま腰を激しく動かした。
怒張を深く呑み込み、自らの内側で扱く。王女の雄を肉襞で締め上げ、抜け落ちぬよう抱え込みながら、胎の入り口へ何度も先端を打ちつける。
王女の腰もまた、国王を追い上げる。
互いの動きが重なる。
衝撃は倍になり、国王の巨躯は王女の上で大きく揺れた。
「そなたを、起こす……」
国王は王女の髪へ指を差し入れ、唇を重ねた。
「必ず」
眠る女の唇が開く。
舌が国王を迎え入れる。
初めての接吻とは思えない。
王女の舌は、国王の好む絡み方を知っていた。
国王もまた、彼女の欲しがるものを知っていた。
強く吸えば、腰が跳ねる。
上顎を舌で撫でれば、内側の怒張が脈打つ。
唇を離そうとすれば、王女の顔が追い縋る。
何度も何度も、こうして接吻を交わしてきたように。
だが記憶には何もない。
だから国王は、この接吻が初めてなのだと信じるほかなかった。
初めての相手へ、初めて抱く欲情。
初めて触れる肌への、説明のつかない愛惜。
国王は王女を抱きしめた。
王女もまた、眠ったままその背へ腕を回す。
互いの熱が隙間なく重なる。
胸と胸。腹と腹。国王の内側へ埋められた王女の雄。
二つの心臓が近くで鳴る。
どちらが先に速くなったのかは分からない。
「私はそなたを知らぬ」
国王は接吻の合間に囁いた。
「それなのに、どうして」
声が震える。
「どうして、こんなにも……」
続きは喘ぎに潰えた。
王女の雄が国王の胎の入り口を捉え、一際深く食い込んだからだ。
「ん゛あ゛ッ……!」
肉の関が押し開かれる。
国王の腹の奥に、王女の一部が入り込む。
決して他者を迎えるための場所ではない。
命を宿すために閉ざされた器官を、眠れる女の欲望によって暴かれている。
その冒涜が国王を絶頂へ押し上げた。
「だめだ、待て……私は、もう……」
言葉とは裏腹に、国王は腰を沈めた。
さらに深く。
王女を胎内へ迎え入れるように。
肉襞の一つ一つが怒張を搾る。
国王の全身がきつく痙攣した。
「お゛、おぉ……ッ、あ゛ぁ——!」
絶頂が腹の奥で爆ぜた。
男の喉から濁った嬌声が迸り、塔の天井へぶつかって砕ける。
王女の身体も同時に震えた。
国王の内側で怒張がさらに硬さを増し、先端が強く脈打つ。
次の瞬間、熱い欲望が胎の入り口へ注ぎ込まれた。
王女の精が、王の胎へ満ちてゆく。
一度。
二度。
何度も。
国王の女陰はそれを受けるたび、歓喜するように締まり、最後の一滴まで奪い取ろうと王女の雄へ浅ましく纏いついた。
腹の底に熱が溜まる。
王女を受け入れた証。
失ってはならない何か。
国王は絶頂の震えを抑えられぬまま、王女へ接吻した。
「目覚めよ」
涙が一滴、王女の頬へ落ちる。
「お願いだ」
何故泣いているのか分からない。
ただ、彼女が目覚めたならば、自分はこの人を失う。
そんな予感があった。
目覚めさせるために来たというのに。
目を開けてほしい。
しかしこのまま、永遠に眠っていてほしい。
二つの願いが胸の中で噛み合い、互いを食い殺そうとしていた。
王女の瞼が震える。
国王はその頬を両手で包んだ。
長い睫毛が持ち上がる。
光に慣れぬ瞳が現れる。
国王はその色を知っていた。
知るはずがないのに。
王女は焦点の定まらぬ目で国王を見つめ、何度か瞬きをする。
やがてその唇が開いた。
「あなたは――」
世界が白く灼けた。
王女が目を覚ました時、左の乳房には歯形があった。
