画家の家は、町のはずれにあった。
屋敷と呼ぶにはいくらか小さく、民家と呼ぶにはいくらか古びすぎていた。屋根は黒ずみ、窓枠には乾いた蔦が絡み、玄関の硝子には、昼であっても夕暮れのような翳りがあった。近隣の者たちは、その家を「先生の家」と呼んだ。先生とは、もちろん彼のことである。だが、その呼び名には尊敬よりも、近寄りがたいものを遠くから指さすときの便利さが多く含まれていた。
彼は、見る者の記憶に残る種類の男ではなかった。
痩せた肩。古びた上着。いつも少し曇っている眼鏡。絵具の粉が爪のきわに残った手。髪には年齢より早い白いものが混じり、背は高いとも低いとも言い難かった。人々は彼の絵を覚えたが、彼自身の顔については、たいてい曖昧な言い方しかしなかった。
それは彼にとって、不幸というより、むしろ適切なことのように思われた。
彼は人付き合いを好まなかった。
好まなかった、というより、うまく扱えなかったと言うべきであろう。挨拶をされれば返した。礼を言うべき場面では礼を言った。誰かに害意を抱くことも、声高に拒絶することもなかった。ただ、他人と同じ部屋にいると、彼の心はすぐに、換気されぬ室内のランプのように煤けた。
若い女と話すことなど、なおさら不得手であった。
それは欲望がないということではなかった。むしろ逆であった。欲望というものが自分の中にあることを、彼はあまりにも恐れていた。触れたこともない獣が、夜ごと地下室で爪を研いでいる。その気配だけは知っている。彼にとって恋愛とは、おおむねそのような不穏なものであった。
家政婦を雇うことになったのは、彼の意思というより、生活の側からの要請であった。台所には使われぬ皿が積もり、廊下には絵具の粉が白く溜まり、洗濯物は乾いたあとも椅子の背に長くかかっていた。画商が見かねて、せめて週に二度でも人を入れろと言ったのである。
そうして来るようになったのが、彼女であった。
紹介所から届いた紙には、必要なことだけが書かれていた。若い女。家事全般可。住み込みではなく通い。勤務時間は午後。必要であれば、雇用主とは顔を合わせずに作業できる。
その最後の一文を見たとき、彼は、紹介所というものにもまれに慈悲のかけらが混入するのだと思った。
彼女が来る日、彼は必ず家を空けた。
午後一時前になると、彼は帽子を被り、杖を持ち、町外れの小道を歩いた。行くあてはなかった。墓地のそばを通り、古い水門を見、時には市庁舎前の喫茶店で、冷めた珈琲を前に三十分ほど座っていた。家へ戻るのは、彼女が帰った後である。
不便はなかった。
むしろ、彼の家は以前よりもはるかに人間の住居らしくなった。流し台は曇りなく磨かれ、絵具で固まった雑巾は新しいものに替えられ、窓辺には時折、彼が買った覚えのない白い花が挿されていた。
連絡は小さな帳面で済ませた。
台所の棚の上に置かれたその帳面には、初めのうち、きわめて実務的な文言だけが並んだ。
洗剤を補充しました。
右奥の窓が閉まりにくくなっています。
古い布は処分してもよろしいでしょうか。
彼もまた、短く返した。
ありがとうございます。
窓はそのままで構いません。
布は、できれば残してください。
その筆跡は、彼女のものも彼のものも、どこか身を縮めているようであった。紙の上でさえ、二人は互いに遠慮していた。
ある日、帳面にはこう書かれていた。
花瓶を洗いました。花がなかったので、庭の枝を挿しました。
彼が戻って見ると、花瓶には枯れかけた枝が一本挿されていた。葉はほとんど落ち、先端にだけ小さな芽のようなものが残っていた。それは美しいというには貧しく、飾りというには寂しすぎた。しかし彼は、長くその枝を見ていた。
翌日、彼はこう書いた。
あの枝は、そのままで。
彼女はその下に、小さく返事を書いた。
承知しました。
その頃には、彼はまだ彼女の顔を知らなかった。声も知らなかった。背丈も、歩き方も、髪の色も知らなかった。
ただ、彼女が磨いた窓硝子と、伏せられた鏡と、花の代わりに挿された枯れ枝だけが、彼女の存在を知らせていた。
それで十分であった。
少なくとも、彼が早く帰宅してしまう、その日までは。
