祝日特急南西へ - 5/7

「あなたが何をなさろうとも無駄です」その切り捨てるような言い様に気分を害したマナが悪態を吐く前にT4-2は続ける。「私の問題ですからね」嫉妬とか、執着心とか、と呟く。「四六時中、二十四時間、一日中、あなたを監視する以外にはありません」
「じゃあしょうがないね。一生やきもきしていなよ」
 マナは乾いた笑いを漏らし、皮肉に歪んだ笑みをT4-2の鋼鉄の微笑に重ねる。掛け値無しの親愛の情を込めて投げつけた接吻であったが、T4-2にその心など届きはしないだろう。言葉と自らの信ずる物しか信じない男だから。
「随分と優しい接吻をしてくださいますね」
 低く心地よい声が直に鼓膜を穿つ。耳から始まり頭頂から爪先まで肌が慄く。
「気のせいでしょ」
 耳元に唇を添え愛撫してくるT4-2の頭をマナは無理矢理押し戻す。しかし、腰から背筋を這い上がる手を拒むことまではしない。
「気のせいですか、それは残念です。少しは私に親愛の情を持って下さっているのかと」
 そうでないならやはり頻回に肌を重ねてあなたを肉体的に籠絡して私に執着依存させる必要がありますね、と低い声が穏やかならざる言葉を散らす。
 それだけで、その暗い欲望滲んだ言葉だけで、マナの身体がぞくっと震えて、既に心身共に籠絡されている事を嫌が応にも自身に知らしめる。
 T4-2はマナをきつく抱きしめ、その腰に艶かしい動きで下腹部を擦り付ける。雄の象徴らしきものなどないにも関わらず、まるでそれを奮い立たせ性感を高めるかのように。
「あつい……絶対回路いかれてるよ」
 金属の軀は鬱陶しいまでの熱を溜め込んでマナをじんわり焼く。
「ええ、あなたに焼かれ、あなたに溶かされて。さて……あなたの体はどこから軟化を始めるのでしょうか。私の手で……確かめさせてください」
 いつも雄弁なT4-2の指がマナの剥き出しの脚や脇腹を這う。弱火で炙られるような焦ったい感覚。まったくいやらしい触り方。
 熱に溺れるとはまさにこの事。
 彼の手はマナの下腹を思わせぶりに撫で回し、楽器をかき鳴らすように指先で軽く叩く。
「うぁっ、あぁ……」
「熱を分け合いましょう。星の汗を流して、愉悦の残り香を私に……私の物に……」
 切なげな声にあてられて、尚も煽られ昂る。
 しかし今朝のように主導権を握られるのは御免だった。今ばかりは、心と体の手綱を握るのは自分自身だ。
 マナはT4-2を押し倒し床に押し付け動きを封じると、鋼鉄の重たい片脚を雑に持ち上げ、自身の肩にかけた。
 眼光が淫らに瞬き、期待の吐息が漏れる。望めば何もかもが己の意のままになると思っているだろうその物体に、嗜虐心が激しく燃え上がる。
 マナはシャワーヘッドを外し、湯をただ垂れ流すだけの管をT4-2の下腹部に向けた。放物線を描いて地に引かれる水流が、ぼとぼとと秘部を穿つ。
「あっ、ん……?」
 期待していたのとは違う刺激に、T4-2の頭部がわずかに持ち上がる。
 だがそれもすぐに床に沈んだ。
「が……ぉ゛ッ、!?」
 綺麗に反った弧の果て、他の部位より比較的柔らかな淫裂に管が突き入れられ、精液の代わりとばかりに鋼鉄の内臓に水が流し込まれる。
「な、ぜ……っ」
 快か不快か、鋼鉄の巨躯は震えて眼差しは潤んでいるようにぼやける。
「綺麗にしてるだけでしょう」
 ”だけ”でない事くらいマナ自身分かりすぎるほどわかっている。
 軀の隅々まで検められる前に、いつも酷使している場所を洗い流さなければならない。この男が一番頻繁に粗雑に使っているのは、種々の兵器が詰まった双腕でも、回転ばかりが速い頭脳でもなく、ここだ。
「ぁ……っ、だめ、です、ッ」
「修理の前に綺麗にするって言った」
 マナはT4-2を磁力で圧倒し、微動だにする事も許さず水を注ぎ込む。
「はっ……はぁッ……」
 見えない力に縛められた軀は制約の中でびくびくと震え、切ない喘ぎ声を生み出す。いつもに比べ控えめな押し殺した音だった。望んだ以外の方法で快感を覚えていると思われたくないのだろう。
 マナは無骨な腹部に手を当て、磁力で内臓を探り、受容器の入り口を無理矢理こじ開ける。
「ぉ゛……っ!? そこっ、開けては、だめっ、おぇ゛」
 押し寄せる文字通りの奔流に喘ぎが濁る。受容器はすぐに満たされ、膨満した感触が磁力を介してマナの掌に伝わってくる。
 軀全体の大きさに対して彼の受容器はあまりにも小さい。しかしそのアンバランスさもまた、妙に湿っぽい高揚をマナに与える。さっさと終わらせないと欲が滾りそうだった。
 排出のための、より手早く、より暴力的な一つの方法を思いついた時には、精密機械たるT4-2に単純なマナの発想を気付けないはずもなく。
「それだけは……ッ、あぁ……」
 追い詰められた切ない喘ぎ声が神経を逆撫でする。努めて冷静に、海綿を握った時よりも優しく、と考えていたが無理そうだった。嗜虐心が爆発的に燃え上がった。
 青く輝く表皮を透過して、磁力は金属の内臓を直に押し潰す。そこは、ひどく柔らかく、弱々しい場所だった。
「お゛——ッ」
 射精か失禁もかくやという勢いで迸る水。それは、彼の中に詰め込んできたマナの精液と混じり合い、白濁した穢れとなって噴き出す。
「はぁッ、お゛ぉ……ッ、受容器にっ、あなたの精子たくさん詰めて……っ、たのに……ぃ」
「気持ち悪いな」尚更洗い流してやる以外にない。
 マナはT4-2の秘部に乱雑に管を突っ込み水を流し込んでは受容器を握り潰す。
「ん゛ォ゛ッ、ぎ——、い゛ぉッ」
 苦鳴はもはや善がり声とは言い難い。ノイズ雑じりに裏返る異音だ。まるで混線したラジオ。
 内臓を潰す度にどぼり、どぼり——まるで罪科を押し出すように白濁が絶え間なく迸る。ショートしたように激しく明滅する瞳の光。
「フーッ、うぅーッ、やめっ……くださ……」
「感じてるくせにやめろはないでしょ」
 何度そうして嗜虐心を満たしただろうか。
「ふ……う、ん」
 最後にちょろりと漏れた水がようやく清らかになったところで、やっとマナは矛を収めた。
 悔悟と呻吟にも似た痙攣を繰り返すその機構が目に入らないようにマナは目を伏せた。けれどそのまなうらには、悦びの残り香が焼き付いていた。
「終わり。中も外も綺麗になってよかったね。これで心置きなく修理できるでしょ、あんたも」自分にとっても。
 身を支配していた磁力が消えて、T4-2がゆるゆると起き上がる。普通の人間なら足腰も立たないところだろうが、彼は普通でも人間でもない。それを証明するかのように風呂場を後にしようとしたマナの背に絡みつく男の熱い軀。
「あなたはまだ満たされていらっしゃいません。私へのあの嗜虐的な行為に加え、体温と心拍数は上昇したまま。欲望をそのまま、胸のうちに蟠らせていてはいけません」マナの耳元に忍び寄る男の喉。「あなたはまだ、蕩けきっていない。私を用いるべきでしょう」
 耳に流し込まれる毒薬。耳の奥へ甘く流れ込み、マナの脳髄を腐敗させる。我を忘れて溺れてしまいたい気持ちもある。けれど流されてしまっては、元の木阿弥だ。何のために中を洗浄したのか。修理中に性行為の残り香を充満させないためだ。
「もういいよ。朝やったしあんまり寝てないからそんなにできない」
「だめです。あなたが疲れ果てて起き上がれないまでにならないと」私は安心して修理を受けられません、とT4-2。
 マナの身体が濡れた床に押し倒されて、重たい軀がのしかかってくる。吐息がかかるほどの至近距離で見つめてくる、どこか苦悶を訴えてくるような、それでいて、マナが知りたくない何かを宿した目。
「そういう事より自分の心配をしなよ。身体熱い。早く治してもらって」
 T4-2は黙って頭を横に振る。本当にこの聞き分けの悪さと強情さは五歳児以上だ。
「あんたはあたしの物でしょ」つまりマナにとっては逆もまた然り、という事を言外に伝えたいわけだ。「言うこと聞きなよ。これ以上何が引っ掛かるわけ」
「あなたはご自分ではお気づきになっていないようですが、時折遠い目をなさいます」
「してないよ」
「切なげで、とても穏やかな。そういう時のあなたは大変美しいとは思いますが、私は気が気ではない」
「他人の話も聞けっていつも言ってる。あたしはしてないって言ってるの」
「しています。私の言う事は確かです、あなた以上に」
「自分以上に自分の事わかられてたまるか。ほんとにしてないってば」
「お見せしましょうか、証拠を」
 自分の酷い顔をまた壁かスクリーンに大写しにされると思うと気が滅入る。T4-2を見る時のあの気の抜けた目元、柄にもなく微笑む唇が未だに新鮮に羞恥心を突き刺すというのに。
「やっぱり観察じゃなくて監視してる! わかった、じゃあしてる、してます。これでいい?」
「何故あのような表情をなさるのです。理由がおありでしょう」
「ないけど」
 マナの言葉に明らかに嘘と隠し事の気配を感じ取ったのか、T4-2は表面上素直に身を引くが発する雰囲気は不満げだ。いみじくも自称精密機械がこの体たらく。不完全の中の不完全だ。
「では、それでいいです。さようなら、内藤マナさん。次の私ともどうか仲良くしてやってください」
 T4-2は服も着ず、その上軀の水滴さえも拭ききらずに、濡れ鼠のマナをその場に置き去りにして浴室の扉をぴたりと閉じる。
「なんで裸なの、二号。ちゃんと服着なさいよ。楽園じゃあないんだから」
「そうですね、この世は失楽園です!」
 という廊下のやり取りを聞くでもなしに聞きながら、マナは浴室から出るために仕方なく残されたT4-2の服を身に纏うしかなかった。
 それはやはり石鹸の清廉な香りがした。

 作業台に横たわる軀には珍しく沈黙の気配が厚く垂れ込めて、さながら死体のようにも見えた。
 牧島に案内されて入室したリペアルームとやらは、床面積の割に狭苦しく、所狭しと大小さまざまな機械や計器類が並んでいた。
 中央には手術台か、歯医者の診療台のような作業台があってT4-2はそこに横たわっていた。というより、横たえられている。微動だにせず、黙りこくって、瞳の光も失せた彼はあまりにも物体的だった。
 マナは計器の上に転がっている鉛筆を手に取って、黒い先端でT4-2の腕を強か突く。
 常ならば妙に艶かしい声を上げる筈だが、当然のごとく何も言わないし反応もない。ただ剥がれて砕けた黒鉛が、遺灰のようにぱらりと舞い落ちるだけだ。
 彼がマナを無視することなどなかった。いつもはどんなときでも、必要以上に反応してくれたあの存在が——
「死んでる」
 そう思った。
 しかし、よく見れば、胸腔の装甲板の隙間から、ほんのわずかに青い光が覗いていた。
 ちいさく、ちいさく、淡く、けれど確かに脈打っている。
 稲妻に打たれるように、マナの脳裏に、あの時の叫びが蘇った。
生きてる!It’s alive!
「死んでも生きてもないよ。いつもはやたら生き生きして見えるだけで」
 牧島はそんな無作法者に目もくれず計器類を弄っている。暗緑の画面に流れる文字はマナには意味不明な古代文字にしか見えない。
 お直し見るかい!? ぜひ見て!! と浴室を出るなり牧島に半ば強引に誘われて来たものの、手持ち無沙汰で所在ない状況になりそうだとマナは予想した。
 来てみれば既にT4-2は意識のない状態で、せめてそうなる前に一言、何かマナにあってもよかったのではないかと悶々とした気持ちになった。
 作業台に取り付けられたアーム状の装置が、無抵抗の手脚を持ち上げる。牧島はそれを検分しながら、手元の機械に何かを入力していた。
 マナは作業台の横に置かれた丸椅子にだらりと腰掛け、何を観察するでもなく、汎用亜人型自律特殊人形の軀をぼんやりと眺める。魂を失った抜け殻のようだ。
 やがて牧島が、計器から顔を上げる。その手に握られたペンが、アンドロイドの右腕、左脚、そして左の指を順に指し示した。
「素人臭いくっつけ方じゃないの。これ誰が?」
「あたしですが」
 改めて見ると、やはり不恰好だ。
「これは失敬、つい無遠慮な言い方をしてしまった。T4-2が聞いていなくてよかった。今度、溶接のコツでも教えようか」
「うん」
 牧島は目を丸くしてマナを見、それからにんまりと笑った。
「二号に色々聞いて、もっと棘のある子かと思ってたけど、ずいぶん素直じゃないか」
「なんて聞いてるか知らないけど……」
 マナが言い終わらぬうちに、牧島は続けた。
「隣家のおばあさんを“ババア”呼ばわりして食ってかかるって聞いてたから、私は“ジジイ”とでも呼ばれるかと戦々恐々としてたよ」
「そういうのは、仲いい奴にだけ」
「わたしも仲良くなりたいもんだね」
 そう鷹揚に返すと、牧島は鋼鉄の貌の輪郭を、愛おしげになぞる。空気が抜けるような音と共に、鉄の仮面が外された。
「気持ち悪い」
 その中身は、まるでザクロの果実を断ち割ったかのようだった。赤く艶やかな粒がびっしりと敷き詰められ、生物的というより、もはや血肉的だった。いや、いっそ食べられることを意図されたかのような、過剰なまでに豊潤な内実。血でもなく油でもなく、ぬるりとした何かが溢れ出しそうな、果実めいた怖ろしさ。
「言われてみれば確かにグロテスクかもね。でもまあ、構造としてはただのセンサーと回路さ」
 牧島が「あとこっちはね」と指さしたのは、三角形の回転台に三つの光学鏡が乗ったレンズユニット。それが左右に一対。用途によって光学鏡が切り替わり、あるいは合成される仕組みらしい。
「これが」あの執拗で変態的で、穏やかな眼差しの正体。皮一枚剥げば、ただの光源とガラスと鉄屑。「拍子抜けだわ」
「目は無事でよかったよ。わたしじゃあ、ああいう細かい調整はちょっと難しいからね」
「作ったのになんで」
「ああー」と、牧島は肩を落とし、視線を宙に彷徨わせる。「しくじったな、口が滑った。トロイリ四型はわたし一人で作ったんじゃあないんだよねえ」
「じゃあ、誰と」
「暮谷博士」
「くれや」
「わたしのお友達にして先生。親みたいなものでもある」
 牧島は感慨深げにT4-2の軀と手にした貌を眺める。しかしマナはそんな感傷をすげなくぶち破る。
「目がイカれたらその人が治してくれるんでしょ? じゃなきゃあ困る」
 ええ、いやあ、どうかなあ、と牧島は暫く歯切れ悪くぶつぶつ呟いた後、いやにはっきりと「今いないんだよね」と言う。「消えたというか」
「消えた?」「逐電」「充電?」「蒸発」
 蒸発ならわかる。
「ああ、失踪したって言ってよ」あたし学ないんだから、とマナ。「じゃあどうするの、目、壊れたら」
「強化素材だからそうそう壊れるものでもないよ。銃弾だって跳ね返すんだから。さすがに対戦車砲は無理だけど」
 話し込んでいる最中も手は止めず、牧島は汎用亜人型自律特殊人形の軀を開き検めてゆく。左腕を開けば、みっしり詰まった金属の肉の合間に、盾が収まっているはずのスペースがぽかりと不自然な穴を空けている。対戦車砲を撃たれて損失したせいだ。
「マナさんから調整したい所を聞いてその通りにやってくれと二号が言っていたのだけど、今のうちにご希望伺っておこうかな」
「何でもできるの」
「まあ、大抵のことはね」
「これ、聞こえてたりする?」マナは少しだけ曲げた指の関節で鋼鉄の軀を軽く叩く。コツコツと、虚な音。「記録に残って後から見られるとか」
「どちらの心配もないよ。本人に聞かれたら困るような事を言うつもり?」
「まあね、そう」
「つまり、二号の直して欲しい所?」
「ない」なるべく興味なさげに言うよう試みるマナ。
「え、本当に」
 マナは重ねて、うん、と頷く。
「ない、別に、今のままでいい。ただ、壊れてる所は治してほしい。それだけ」
 牧島は少しの間目をしばたいて、そして何か思い出したのか白衣のポケットを弄る。
「わたしが頼んでいるんだが、きみのお兄さんはきちんと毎週マメに評価を送ってくれるんだ。それによるとかなり修正・改善点はあるみたいなんだけれどね」
 渡された紙束にはびっしりと兄の呪詛にも似た不満が渦巻いていた。
 「時間にルーズ」と短く始まった走り書きは、次第に不満が積み重なり、文面は長々しく、筆跡には怒りが乗ってくる。
 仕事にピンクの柄付きシャツを着てきた。刃物を持った犯人を煽って刺された、などなど。締めの一文はこう。
「言わなくていい事まで言うくせに、重要な事は聞かれるまで絶対に言わない!」
「その通り」
 マナにとっても大体、殆ど、概ねすべて同感だ。しかし「でも、それがこの人なんだ」と続けたマナの声には、諦観とも許容ともつかない、ただ穏やかな静けさがあった。
「こんなの、自分がうまくT4-2を使えてませんって、白状してるようなもん。T4-2にはもう、必要以上の機能が十分すぎるくらい詰まってる。性格と行動の欠点は、使う側が指導したり補ったりするべきでしょ。じゃなきゃあ、何のための相棒」
 マナは嫌味っぽく笑って紙を握り潰し、ポケットに突っ込んだ。
 牧島は何も言わず、その一連の行動を見届けると、作業台の向かいにある椅子へと腰を下ろした。ゆったりと指を腹の前で組み、澄んだ瞳が何か言いたげにマナを窺う。
 その仕草は、T4-2がマナに話しかけようか迷っているときによく見せるものに、どこか似ていた。
 しかしマナは、黙っている。T4-2なら、こちらが黙っていれば痺れを切らして勝手に話し出す。牧島も例に漏れず、そうだった。
「わたしが、二号の代わりに謝っておくね」