【試し読み】狂瀾合体テーナイト The Pilot 書き下ろし

狂瀾合体テーナイトのweb再録同人誌「狂瀾合体テーナイト The Pilot」の書き下ろし部分の試し読みです。
エロ描写直前までの掲載です。


狂瀾変容テーナイト

 何故、自分を作り出したのか、とT4-2は牧島に問うたことがある。名もなき怪物が抱いたような怨嗟からではなく、純粋な疑問からであった。
 答えは単純明快。「その時だったから」T4-2は大いに納得した。
「誰にでも、まさにその時っていうのがあるんだよ。それまでてんでばらばらに頭の中に降り積もってきたものが爆発して、この時に使うべきことだったとわかるんだ。そうなったらもうやるしかないだろう。居ても立っても居られなくなる」
 とても牧島らしい返答にT4-2はふふふと笑いを漏らした。
「それで、零号を作ったのさ」
「ああ」T4-2は胸に手を当て問い返した。「私……ではなく」
「当たり前だろう、なんでも初めはゼロからだ。そして一号二号」牧島は二本立てた指先をT4-2に向けた。
 T4-2は自分よりも先に作られたあれらやこれらを思い浮かべ、そして二号機でよかったと気を取り直した。後に作られるものの方が先に作られたものより優れていると決まっている。
 ずんぐりむっくり三頭身で剝き身の零号よりも、神経質で常に仏頂面の一号よりも、何でも着こなせる体型でいつも笑顔な二号自分が燦然と輝くナンバーワンだ。
「ちなみに三号のご予定は」自分の後継機、T4-3でも出てこない限りは。
「海崎くんが病んじゃうからしばらくないかな。いっときお前たちみんなが家にいたとき、何故かいつもイライラしていただろう。またあんな風になったら困ってしまうよ。今もまだ帰ってきてくれないし」
 そうした会話をしたときには、まさか機械の身の上にも「その時」が来るとは、T4-2自身夢にも思っていなかった。

 抜けるように青い空に投げ出されるパトカー。まるでおもちゃだ。雲ひとつない空とツートンカラーの車体のコントラストが美しい。
 目の前には今しがたパトカーを片手で掬って放り投げた黒い巨躯、ダークフェンダー。それは次の攻撃の予備動作を見せているが、T4-2と彼が操縦するT1-0には落ちゆくパトカーを見捨てて防御をするなどという選択肢はない。美徳回路がそれを許さない。
 不自由ね、という声が聞こえた気がした。揶揄している風でもなく、凛として、どこか寂しげな。稼働して五年、とうとう幻聴が聞こえるようになったか、とT4-2は己の超自然的変容を喜んだ。故障だとは思わない。これっぽっちも。
 T1-0の手と盾はパトカーを慎重に受け止め道路に戻す。美徳回路はT4-2にそれでよいと囁く。しかしT4-2の頭の中の声は果たして。
 応戦も虚しく気付けば胴に重たい蹴り。建物に触れないよう受け身を取り、踏みとどまる。膝をついた方の足底に車の感触がある。すんでのところで紙細工のように潰さずに済んだらしい。しかしこの体勢から踏み潰すことなく立ちあがるのはなかなか骨が折れるだろう。
「どうやら私は弱く、いたく不自由なようです」
 市街地において美徳回路に忠実に戦うには、守るべきものが多すぎる。これまで考えもしなかったことだ。美徳回路さえあれば平和と自由がなせるはずだと疑いもしなかった。
 それが実戦ではこの体たらく。初めてというものは大抵酷いものというが、それは勝った側が言ってこそだ。
 初めて美徳回路を、この身を疎ましく思った。目の奥で見知らぬ機構が不穏な音を放つ。
 パトカーに次いで機械公爵とダークフェンダーのおもちゃにされたのは蜂のようなカラーリングの建設重機だ。ダークフェンダーに放り投げられたそれは空気を切る音を立てて鋭く飛び上がる。
 T1-0と同期して広くなったT4-2の視野の端、建設重機の落下予想地点には二つの人影。一人は倒れ伏して、一人は天高く手を掲げ気丈に落下物を睨みつけている。また人を救うつもりなのだ。先にT4-2を助けようと試みたときのように。
 美徳回路を疑うなど、不要と断じるなど、彼にはできない。地に倒れる弱き者、それを助けようとする者、そんな人々が存在する世の中にあっては。
「人命優先の緊急避難による破壊です。倫理規定違反には当たりません」
 T4-2はT1-0の左手首からワイヤーを射出し、今まさに二人の人間を押し潰そうとしていた重機を絡め取る。高密度合金糸が重機のフレームを捻り潰すが、それも美徳回路の成せる技。
 美徳回路も使いようだと先程彼女は身をもってT4-2に教えてくれた。今回は応用のようなものだ。人命がかかっていれば多少の破壊も致し方ない。そしてワイヤーで引きつけた重量物の勢いを安全に失わせるには、ぶつけた程度で壊れない物に当てるしかない。つまりダークフェンダーに。
 粉々になる頑健な建設重機。陽光を受けて飛び散る破片が綺羅、星のごとく輝く。
 素晴らしい破壊。身の奥から何かが湧き上がってくる。野蛮な悦びだ。こんな戦いが自由にできたのなら——
 T4-2の法悦が途切れる。気付けば無様に地に跪いていた。背にはダークフェンダーの硬い拳。乾いた音はブースター点火の前触れだ。
「ジェットパンチで王手。まあ、避けてくれても全然構わんけど」
 もし悪徳回路とやらがあったなら、打たせながらも回避して、相手が反動で動けない隙を仕留めろと指令を送ってきたはずだ。
「どうぞ」
 だがT4-2にそんなものは備わってはいない。そして這いつくばるT1-0の直下、道路の下には地下鉄が通っている。定刻通りに運行していれば今まさに真下を駆け抜けて行くところだ。そうでなかったとしても地中に張り巡らされた地下構内に風穴を開けられれば大事である。
 敗北を喫しても守らなければならないものがある。平和と自由に一人の取りこぼしもあってはならない。それがこの身、この精神と切っても切り離せない美徳回路の悲願だ。
 しかし地下鉄が守れたとしてもT1-0が機能停止したならば、誰がダークフェンダーを止めるというのか。
 正義とは弱くままならないものだ。一人で為すには至難の業。
 刹那、牧島さえ使い道を知らぬブラックボックスが焼き切れんほどに熱を帯びて叫ぶ。
 騎兵隊突撃!
 それだ、とT4-2は閃く。あれこれ思い悩む必要などなく、当初の考えを貫けばいいだけだった。
「私は避けません」
 一人では至難の業かもしれないが、もし、自分の他に頼れる者がいたならば。確信もなく酔狂ではあれど、それに賭けてみてもいいかもしれない。
 その人物を一目見る前から、ほど近くに自分の及びもつかない何かがあるとはっきりと知覚していた。
 肌身を撫でる不思議な磁力。元より心許なかった方向感覚がより一層歪んだ。気付けば吸い寄せられるようにその手を掴んでいた。
 驚き見つめ返してくる瞳は新月の夜のように深かった。
 彼女はT4-2の名を歌のようだと少しうっそりしたように言い、新しい名を授けてくれた。
 有利に事を運ぶためなら、自分の身を危険に晒すことさえ厭わない豪胆な気力があった。
 そして何よりも一等抜きん出て、得難い才がある。
 超能力だ。
 T4-2は超能力者が実在することは確信もって肯定していたが、まさか自分の目の前に現れるとまでは思っていなかった。そして目の前で能力を見せつけてくれるとも。
 ダークフェンダーの魔手が迫る中、T4-2を掴んだ磁力の手。これまで感じていた不思議な官能は彼女の能力によるものだったのだと理解した。
 ダークフェンダーがT1-0に狙い定めて動きを止めたその隙に、彼女が磁力で敵を退けてくれさえすれば。
 ジェットパンチを受けてT1-0のブースターが破裂する。痛みが直にT4-2にフィードバックされるが、そんなものは彼にとっては快感でしかない。真の痛痒は物理的な痛みではない。
 T4-2の狙い通り、彼女は機械公爵のリモコンへ惜しげもなく磁力を発揮してくれた。まるで光線銃でも撃つかのように、細く長い指を構えて。
「やってやったぞ」
 やってくれると思ってはいた。何の因果も繋がりもないT4-2をダークフェンダーから引き離そうとし、頭上から降ってくる重機から一人逃げずに置菱を守ろうとした彼女であれば。
 リモコンを失った機械公爵と指示を失ったダークフェンダーは傷一つなく撤退した。
 まずは上々の結果ではある。しかし次はないだろう。T4-2が美徳回路しか持ち得ぬ限りは。 
 今回の戦果の立役者は自分が敵を排したことを公言しなかった。おそらく能力を秘匿しているのだろう。そして人助けを笠にきるような性格でもないのだ。人助けとすら思っていないかもしれない。
 そして床に座り込んでいた彼女はT4-2の手を取らず、一人ですっくと立ち上がった。その行動に彼女の精神性の一端が詰まっているように見えた。孤高だ。T4-2にはそれが大層切なく美しく感じられた。
「傷ひとつないね。死んだと思ったのに」
「ご安心ください。私は死にません。T1-0も私も、打たれ強いのです」
 殴られ、撃たれ、切られることに恐れはない。ただ無力と自覚させられることは合金の軀と鋼の神経に少々響いた。
「でも負けたよね」
 悪戯な子供のような笑顔はひどく魅力的だ。人間の顔をそんな風に思ったのは初めてだ。
 彼女の瞳には月も星もない夜がある。しかし“とてもいい悪いこと”を思いついたとき、皮肉っぽいことを言うとき、覚悟を決めたとき、そこに星が閃く。そして磁力を放つときも。
 彼女は完全無欠だった。
 名を、内藤マナという。
 彼女に相応しい名前だ。南洋の伝承において、万物に宿る神秘的な力と同じ音だった。
 薔薇の名は薔薇でなくともその性質に何ら変わりはないが、彼女の名は内藤マナでなければならないだろう。
 美徳回路の逆手を取るような彼女が側にいてくれたならT4-2を縛るすべてのくびきを無きにも等しくしてくれるだろう。
 不自由なT4-2に代わり、自由に悪辣なことを思いついて実行してくれるはずだ。
 そして美徳と悪徳の調和が訪れる。
 問題はいかにして内藤マナを継続的に利用……協力関係になるか、ということだ。
 助けて欲しいと正直に頼んだところであの調子では鼻で笑われて終わりだろう。そしてそんな気はT4-2にはさらさらないが、恫喝したところで彼女は玉砕覚悟で脅迫者を抹殺しにかかるはずだ。
 では、T4-2自身が彼女から必要とされるような物になるというのはどうか。手放すのが惜しいと思えば、手元に置くためにある程度の協力はしてくれるだろう。
 内藤マナが持っておらず、かつ必要としており、しかし手に入れ難い物とは何か。
 案外とそれはすぐに判明した。内藤マナの継続的な観察で。
 彼女は仕事の終わりには大抵真っ直ぐ家に帰る。そうでないときには最寄りの電停駅近くの酒場で一杯流し込んでから。
 彼女に家族以外に深い付き合いの人間はいなかった。浅い付き合いの人間もまた同様に。時にそうした秋波を送ってくる人間もいたが、存外彼女は他者の色欲に疎く、声をかけられても因縁をつけられたと思い込んで一触即発の雰囲気になって終わる。
 そんなことってある!? と人間の精神の機微に疎いT4-2でさえ己を棚に上げて唖然とした。
 内藤マナには秘密がある。それ故に他人を信用ならない何かとしか思っていない。それゆえに彼女は孤独だ。おそらくこの先一生。彼女の不安を払う何かが起こらない限り。
 家族との団欒が終わった後の、夜のしじまに彼女は浸り、夜毎独りの行為に没頭する。ひそやかに、しめやかに。
 これだと思った。
 己が彼女を慰める器物となればいい。内藤マナの欲望を発散するための道具に。美徳回路含む彼のすべてがそう判断した。
 自身の軀の変容を伴う少々困難な仕事になるが、持てるすべての知識と技術を注ぐのだ。
 今が「その時」だ。


この後、さっそくマナ専用の改造をしたT4-2のお一人様行為、(自慰中のT4-2の妄想の上での)マナによるメカバレセックスからの腹上死(物理)が発生し、現実でも(性的に)果てて、「これはなかなかご利用価値のある軀になりましたネ♡」と妙な自信をつけてしまい、第一話の肉体説得に繋がるのでございました。ほのぼの。

よろしくおねがいいたします。