鋼と夢の超技展 - 2/11

「アホ発見」
 マナは振り向き、機械公爵の指差す先を見る。
「誰」
 昨日列車でマナとT4-2の向かいの席に座った、旅行者風の外国人であった。彼が声を発するまで、背後にいたことに、まったく気が付かなかった。
「え、会ったのに。昨日列車で」
 今日も今日とて立派な口髭に、それに見合った上着にチョッキを重ね、紳士の貫禄を醸した姿。
「このお姉さんなあ、ひとの顔覚えるの苦手みたいよ」
 顔を覚えるのが苦手なのではなく、唐突に“私です”だの、“僕です”だの、“機械公爵様だ!”だのと名乗る奴らが嫌いなだけだ。
「ま、僕は忘れないので大勢に影響はないですよ」
 男があまりに流暢な日本語を垂れ流すのでマナは驚いた。昨日はT4-2とどこの言葉ともわからない外国語で話していたのに。しかしそれなら話は早い。
 マナは目の前の男の蝶ネクタイを引っ掴んで恫喝にかかる。
「なんであたしの鞄にチラシなんか入れた」
 流れるように野蛮な行為に走ったマナに驚いたのか、怯えた声で男は返す。
「ちょっと、そんなに怒る必要あります? 生ゴミ入れたならまあわかりますけど」
「ゴミだったらこの程度じゃ済まさないよ。さっさと理由を吐きな」
「会いたかっただけです。噂のロボット警官に。うん、それで、彼はどこ」
 マナは男の胸ぐらからさっと手を引く。ロボット警官なんて言葉は、この会場で口に出すべきではない。悪人たちの集う中で彼と親しいと思われて騒ぎにならないわけがない。
「あの人の話題、ここでは出さないで」
「あ、喧嘩でもしたとか? 昨日はあんなに仲良さそうだったじゃないですかー」
「してないけど」
「ん、それは何に対する否定? 喧嘩、それとも仲良いこと」
「どっちも」
 そこで機械公爵が面倒な横槍をつっこんで掻き回してくる。
「お姉さん、もしかして牧島重工製四五式トロイリ四型汎用亜人型自律特殊人形第弍号ちゃんと付き合っとるん?」
「違うけど」
「よかった。じゃあうちがもろてもええな」
「だめ」と言ったのはマナではなく口髭蝶ネクタイだ。「彼を倒すのは僕です。昇進のために」
 機械公爵の声が低く鋭くなる。耳に突き刺さるような嫌な音に。
「倒す。それは聞き捨てならんなあ」
「ちょっと待って、機械公爵様、そんなに怖い声出さないでくださいよ。確かに、倒すというのは言葉が強すぎましたよ。僕の言う“倒す”には、自分の限界を打ち倒すというか……ああもう、僕たち昨日も列車で会った仲じゃないですか!」
 男は阿るように腰を折る。
「あぁ、へぇ、そう言えばおったかも。で、昇進とか、倒すとか、お兄さんどこのどういう人」
「あ、こういう者です」
 男は懐から名刺を取り出し、マナと機械公爵に差し出す。一番大きく書かれているのが名前なのだろう、ということだけが外国語が読めないマナに唯一わかることだった。そして、やけに手触りのいい厚紙と、気取った書体の文字――その時点でもう、上品ぶった鼻持ちならない奴だと決めつけるに十分だった。
「ほぉん、カンタン・セルヴォーくん」
 機械公爵が名刺をつらつら読み上げてくれなければ名前さえわからないまま話が続くところであった。そこだけは素直に感謝である。
「フォーティーナイナーズ工学室研究員。はあ、お勤めタイプの。ご苦労さんなことで」
 フォーティーナイナーズという音には聞き覚えがあった。先日近所で暴走した建設重機から発見された謎の部品に記されていたのが、まさしくそれだ。その部品のせいで建設重機が暴走したのだろう、というのがT4-2の見立てだった。
「お前か、建設重機をおかしくしたの」
 マナは名刺をくしゃっと丸めると再び蝶ネクタイを引っ掴み、今度は上にぎりぎりと締め上げる。
 建設重機と戦った後、戦い方をT4-2に窘められた。拗ねて帰宅を遅らせた結果、寿司を食べ損ねた。寿司の恨みは深い。もちろん、どちらも自分に非がある。それは百も承知。でも理不尽な八つ当たりというのは、こうして始まるのだ。
「や、や、企画したなんてとんでもない。僕なんて組織の歯車ですよ」
 カンタン・セルヴォーはマナの腕を弱々しく叩きながら早口で弁解する。
「だから見逃せって?」
「いや、やるなら上とやってほしいなって。末端のしがない研究員じゃなくて」
 馬鹿らしくなってマナは手を離す。
「あんたそんな弱腰で本当に倒せるわけ。あの全身兵器を」
 それだけでなく、口八丁手八丁、そして使えるものなら己が軀でも人間でも何でも使ってなりふり構わず有利に持ち込む、そんな悍ましいものに。
 喉元過ぎればなんとやら。セルヴォーは調子よく、そりゃあもう、と頷く。
「ま、色々データを集めればね。今日だって、そのために来て欲しかったのに」
「呼び出してドンパチやるつもりだったわけ」
「いきなり胸ぐら掴んでくるようなあなたと一緒にしないでくださいよ。相手を知るならまずは会話でしょ、ねえ」
「そんな馬鹿なやり方」いや、なんでもペラペラ話すあのお喋り人形になら十分通じるかもしれない。
「だから、とにかく、こればかりはいくら高名な機械公爵様にも譲れません。彼を倒せると証明できれば部門長あたりへの昇進、間違いなしですからね!」セルヴォーはそう言って自分の蝶ネクタイを整えた後、肩を竦める。「ま、けど、うん、機械公爵様と同じですよ、彼を破壊するというよりは、観察対象と捉えつつあります。昨日の列車での彼女とのやり取りだとかを見ると、彼には新たな機械の地平があるかのようにも思えて」
「わかる。暮谷機構には揺らぎがある! それが人間と同等の、いやそれ以上の自我か、愛かはわからんけど……うちはそれごとひっくるめて、全部自分のものにしたいんや」
「うん、うん、それです! 僕も彼の頭の中をつぶさに観察して、心の何たるかを知りたい。それですよ、それ!」
「愛の解体や~」
 機械公爵の言葉に続けて、セルヴォーは囁くように吐き出す。
「僕の目的は解体の、その先にありますけどね」
 T4-2本人を差し置いて交わされる、悪人二人の妙に生々しい機械愛好談義──その温度と湿度に、思わず共感しそうになる自分に、マナは己で喝を入れるように叫んだ。
「ロボット警官を鉄屑にするのはこのあたしだ!」
 しかし、その叫び声は会場中のスピーカーから流れ出した放送にかき消された。
 声を聞いた瞬間、マナは感電したように顔を上げ、耳を疑う。
「マイクテスト。スペインの雨は主に平野に降ります。雨の中唄うのはなんと幸せな気持ちでしょう。あ、もう本放送。失礼いたしました」
 滔々とした語り口と懐かしい声。透明人間クレヤボヤンスだ。十数年の時を経てもその声は忘れられない。素顔を知らないが故に尚更。
 マナは、吹き抜け二階にある放送室の窓を見上げる。しかしガラスの反射がマナの視線を遮蔽する。ちょうど声の主の顔を隠すように。
「みなさま、ようこそお越しくださいました。大変美麗な整列待機のご協力に感謝いたします。開場後も会場内での大声、駆け足、許可のない変身・変形、破壊系兵器の起動はご遠慮ください。それでは、ただいまより第五十回悪の技術展覧会を開場いたします」
 一つの意思を持ったように動き始めた列に流され入場した後に、マナはもう一度放送室を仰ぎ見るが、既にそこに人影はなかった。
 マナに、この世のすべてを教え、裏切り、けれど安寧を与え、痕跡も残さずに消えた──あの透明人間が。それがまさか今、こんな時にこんな場所に現れるとは。しかも運営か。なんなんだ。
 過去からの不意打ちに脳天がくらくらしてくる。
 今日の自分の目的は暮谷を探すことで、懐かしい影を追うことではない。マナはそう気を取り直す。今するべきことはT4-2を完璧に修理できる人物を確保しておくことなのだ。
 マナの精神衛生のために。

▣▢▣▢▣▢▣▢

 ある意味で秀でた人物は、どんな場所でも際立つと思っていた。だが、奇人変人の渦の中では、その期待も空振りだった。今更ながら暮谷の写真を借りるか特徴を聞いてくるべきだったとマナは頭を抱えた。
 展示が手がかりになるかとも思ったが、どれも、マナに理解できるはずもなかった。
 例えば。
 噛んでいる間だけ受けた痛みを先送りできるガム。
「結局後で痛いんでしょ」
 覗き込むと“そこにいるべき人物”だけが映らない鏡。
「どういう意味よ」
 切っても切っても“みみ”が出てくるパン切り包丁。
「これは」マナは芳醇な香りを放つパンの断面を覗き込み、感心する。「天才の発想だわ」――嫌味ではない。この世で一番美味しいものが寿司ならば、パンのみみは二番目。それくらいたくさん食べたい。
「おおっとお姉さん、お目が高いですね」
 展示ブースに立つカンタン・セルヴォーが、マナにパンのみみと、バターがのった皿を差し出してくる。
「あんたの発明かあ……」そう聞くと、感心して損をした気もしないでもない。マナは皿を突き返す。
「カンタンだけに感嘆せざるを得ないでしょう」
「ロボット警官の方がもうちょっと笑えること言うよ」
「彼の次に面白いってことかあ」褒められたと勘違いしたのか、セルヴォーは調子よく続ける。「開場するなり、声をかける間もなく大股で行ってしまいましたけど、何がお目当てで?」
 マナは少し間を置いて、目線を展示の奥へと泳がせた。
 暮谷を探すつもりで来たのは本当だ。だが、あの声――老いているとも若いともつかない玄妙で、マナの首筋を撫でるような男の声!――を耳にしてしまった今、果たして本気で暮谷を探していたかと聞かれると自信がない。
 マナは自分の腕に守るように巻き付いている腕時計にそっと触れる。せっかく、あの楔から解き放たれかけていたというのに。気づけば、またしても絡め取られている。
 あの灰色の声に。無貌の姿に――かつて、どれだけ見ようとしても、捉えきれなかった、あの白昼夢の残像に。
 彼はマナがここにいると、きっと知っている。その確信があった。クレヤボヤンスに見えないものはない。今もその千里眼で自分を見ているのだろうか。あの、南洋の島の木陰のような──涼しげで、しかし決して陽の射さない──蟲の蠢く、薄暗い場所から。そう思うと、あの見えない視線で、身体を撫でられているような妙な気分になった。
 マナはその幽鬼のような考えを振り払う。藁をも縋る気持ちで、セルヴォーに打ち明ける。
「人を探してる」そのとき隣の展示に、明らかに“人間とは呼びがたい”来場者が近づいた。ある意味、場にそぐわしい宇宙服。その中に満たされていたのは、銀色にゆらめく魚群と水だけだった。それを見たマナは付け加える。「人間ね」
「へえ、それで、当てもなくウロウロして、見つからなくて、しょんぼりしていたと」
 その通りだが、マナは片眉を上げてじろりと口の減らない男を睨みつける。
「お姉さんのことちょーっと教えてくれるなら、探すの手伝ってあげてもええよ」
 タイミングを見計らったかのように、機械公爵が湧いて出てくる。後をつけていたのだろうか。ロボット警官よりも尾行が上手い。
「あ、それは確かに気になるかも」セルヴォーはマナの首と胸アザに視線を走らせる。「あのロボット警官と一緒にいる理由、うん」
「別に。あったとしても教えるわけない」
「それはもう、あるって言ってるようなものじゃないですかあ」
 マナは不機嫌にセルヴォーを睨みつける。
「まあええわ。うちは親切だから、手伝うたる。それで、なんて人探しとるん」
「暮谷博士」
「暮谷博士!」と、セルヴォーは声を跳ねさせて繰り返した。「機械工学の権威だ!」
「そんなすごい人なわけ。牧島博士よりも?」
「牧島博士が身体の天才なら、暮谷博士は頭脳の天才ですよ」と、セルヴォー。
「ここにおるならうちが会いたいくらいや。あの人、まったく人前に出てこんねん。顔を拝んだもん、ほとんどおらへんのやないかな」
「死んじゃってるかも。きっともういい歳ですもんね」
「機械の体になって生きとるって噂あんで」機械公爵は肩をすくめて冗談めかす。
「そんなわけ……」あるか、とマナは言いかけるが、T4-2の脳味噌を作ったような人物だ。あり得ないとは言い切れない。
「現在のロボット工学の礎を築いたのは暮谷博士や。技術のための技術を作ったと言ってもいい」
 悪人が前のめりに熱弁すると、妙に説得力がある。
「悪の科学者なの?」
「まあ捉え方によっちゃあ悪魔の発明でもあるわな」誰に聞かせる風でもなく、機械公爵は呟く。「モノは使い方次第やけど」これまた悪い奴が言うと説得力がある。
 それきり物思いに耽るように黙り込んだ機械公爵に代わり、セルヴォーが続ける。
「うん、暮谷博士は、自分の技術を惜しみなく公開してるんですよ。技術の発展のためにね」
 それか、己が輝かしい技術を、万人に見せつけたいか。僻みがちなマナには、後者のほうがしっくりきた。
「それが何」
「ええ、せっかちだなぁ。それで損すること結構あったでしょう」セルヴォーはゆったりとパンのみみを齧ってから続ける。「暮谷博士は特にこういうイベントで先鋭技術を公開・配布してくれることが多いんです」
「つまり今回も」
「そう。特に今回は、この展示会の目玉になると言ってもいい代物がでるんだなあ」
「それどこ」
 もったいつけるようにゆっくり進む話が歯痒くて、マナは先を急がせる。