鋼と夢の超技展 - 4/11

 マナは期待せずにセルヴォーに向き直る。
「あんた、なんか持ってないの」
「やっと聞いてくれましたね! 本日ご紹介するのはこちら!」
 懐から取りいだしたるは、かのパンみみ包丁。
「聞いたあたしが悪かった」
 バリケードの付近を見回してみても有用そうな物は落ちていない。あるのはガムと……倒れた鏡。
 粉塵をかぶった鏡のガラス面には、群衆と混沌、そしてマナ自身の姿がかろうじて浮かんでいた。その中に、彼の姿をつい探してしまう。いようがいまいが、どちらにせよ映るはずがない。“そこにいるべき人物”だけが映らない鏡なのだから。
 マナは彼に、ここにいて欲しいと思っている。助けて欲しいと。
「あなたの姿が映ってないよ」マナの視線に誘われて、鏡を覗いたセルヴォーが言う。
「うわ、お姉さん、もしかして吸血鬼なん?」
 この二人に“そこにいるべき人物”と思われるのは癪だ。しかし必要とされるならば、報いるのもまた彼の在り方だろう。
 マナは牧島から渡されたお守りを片手に握りしめ、セルヴォーに鞄を投げつける。
「あんたらロボット警官に感謝しなよ」
 それだけ言い残し、マナはバリケードを出て、騒乱の中へ身を投じた。硬く握った拳の中はとても温かかった。

▣▢▣▢▣▢▣▢

 もはや暴動ではなく、戦場だった。
 今となっては皆、恣意的、あるいは意図的に、騒乱の発端が何だったかを忘れて、老科学者とその金属の相棒だけでなく、かねてより憎んできた相手までも討とうとしていた。
 飛んでくる展示物、拳、時に人間。踏みつけられた銃が光線を放って、誰かが倒れる。怒号の中、常にどこかで何かが割れ、破裂する音が聞こえる。
 誰かが倒れてくる。避けきれない。その時――背中を掴まれた。引き寄せられるが、助けられたわけではない。肉の盾にされたのだ。
 目の前には古めかしい銃を構えた男。
「ふざけるな!」
 マナは磁力で身を守る。身体に沿って流れた銃弾が、背後の人物を貫く。解放されたマナは自分に向けられた銃に力を向けて紙のようにくしゃくしゃにする。
「タンパク質溶解液無料体験! 今すぐ死ね!」
 人混みを縫って駆け回っていた自走式広告塔が、マナの頭上に金盥を掲げる。マナは磁力でそれを少しばかり後ろに押す。一輪駆動の機械は簡単に倒れて盥の中身をぶちまける。不運にも液体をかぶった者たち――の服――が溶け始める。一糸纏わぬ裸体には傷一つつかない。
「広告に偽りありね」
 弾丸も、不可思議な技術も、そんな物はマナの足止めにもならない。銃弾を逸らし、得体の知れない武器は握り潰す。
 こんなのは久しぶりだ。
 混乱に掻き乱されていたマナの脳が明瞭に澄んでゆく。
 高揚にではなく、安寧に。
 昔懐かしい暴力に沈静されたのではない。金属の感触に――よく知る、体に馴染んだ彼の波長を感じた。流れ星の欠片がある。この手の中に!
 マナの歩む道はマナの思うがまま。ただし、磁力の及ぶ範囲では。
 磁性に富んだ物質ならばどうとでもなるが、肉体一辺倒の近接戦となるとそうもいかない。
 見知らぬ誰かの鋭い拳が迫る。一度は咄嗟に避けたが、格闘の素人に二度目はない。
 既に捨ててきた過去において、こうした大規模な戦闘は何度となく経験していた。そして生き残った。しかしその時にマナは一人ではなかった。
 マナを狙っていた拳が急に力を失い、巨体が床に沈む。
「思い出すわよね」懐かしい声。「二人でこうして戦ったこと」
 黒衣の女が、大男から意識を抜き取った指をそっとほどく。
「全然」
 マナは旧知の超能力者に向けて吐き捨てる。
「今日はあの機械男、いないのね」どいつもこいつも、あの鉄屑のことで頭がいっぱいのようだ、とマナは鼻白む。「よかった。私あの人嫌いなのよ」
 女は長物を振りかぶって迫ってくる人物にちらと一瞥くれてから、人差し指でちょんと触れる。途端に脅威は頽れる。
「あたしもだ」
 マナは自走式レーザー砲台をくしゃりと丸める。
「嘘ばっかり」
「そうかもね」
 超能力者二人は肩を並べ、目的へ向けて歩を進める。言わずともすべて通じている。忘れようとしても重くのしかかってくる過去で、マナは幾度となく隣の女と共に戦った。そしてどんなに不利な状況でもすべてを力のままに下した。
 今もそうだ。
 磁力で退けられない脅威は、血を操って膝をつかせる。二人の過ぎった後にはそれとわかる道があった。
「わたしと一緒に戦うのが一番しっくりくると思い出したかしら」
 女はサングラスをずらして直にマナを見る。真っ赤な唇は笑みの形をしているが、その目はまったく笑っていない。
「あんたの力は受け入れる。あたしは一人では弱い」
 マナは前だけを見据えてそう言う。
「殊勝な態度ね。あなたらしくない」
「あたしの何を知ってる」
「あなた変わったわ。やっぱり力づくで連れ戻すしかないのかしら」
 上っ面の笑みが消え、マナに向かって手が伸びる。その手はマナの首筋を掠め、その後ろに迫る蹴りに、そっと触れる。マナの背後でどうと倒れる悪漢。
「隕鉄持ってる?」
 束の間の相方を狙う武器を余さずぐにゃりと曲げたマナは問う。
「持っていないことくらいあなたならわかるでしょう」
 白い肌を伝う一筋の真っ赤な血。
「研究所も隕鉄のやりくりに困ってるってわけ」
「抜けたのよ」
「今なんて」
「いずれあのいやらしい機械を倒すわ。絶対に。わたしたちならすべてを掌握できる。組織も、蒐集屋達も、それ以外のすべても」
 黒い手袋で包まれた指がマナの進むべき道を指し示す。金色の機械まで続く、人垣が奇跡的に開けた、一筋の道。
「ミナ」――やっとマナはかつての友の名を呼ぶが、既にそれに応える者はなかった。
 マナは頭を振り、郷愁も思い出も振り払って、アストロサイドと倉井へ、一歩、一歩と近づいてゆく。ガラスを踏み、瓦礫を蹴飛ばす音がはっきり、しっかりと響く。
 マナの歩みに合わせて、暴徒達の視線が吸い寄せられてゆく。まるで磁石に、釘が吸い寄せられるように。
 刺客が近づいているとも知らず、自身の作り出した反抗期の兵器の陰で倉井は高笑いする。
「アンドロイド警官はまだか!」倉井の笑顔が一瞬引き攣る。「来ないと一般人にも被害が出るぞ」
 マナはすう、と息を吸いこむ。
「来たよ」
 叫ぶでもないマナの声は、しかし騒乱の中、よく通った。一瞬にして鎮まる暴動。悪漢どもの壁はマナと倉井、そしてアストロサイドを中心に、囲むように退く。
「誰だ」
「あたしだ」
 おかしな奴らに影響されて、おかしな名乗りを上げてしまったが、仕方ない。おかしな奴と付き合っている自分の方がその百倍おかしいとマナはとうとう認めた。
「あたしに勝ったらロボット警官が来るよ」
 マナは唇の片側だけを上げて、非常に好戦的な笑みを溢す。
「あたしの名前は内藤マナ。ロボット警官、内藤丁の――相棒だ」
 衆人環視の中、マナは清々しく言い切る。静まりかけていた喧騒が完全に消えた。
 彼には自分の悪徳を貸すと言ってしまった。言葉には、責任を持たないといけない。そして彼と自分は不可分だ。一蓮托生だ。ならば、相棒で、名代で――守るべきもの恋人だ。
「相棒だと」倉井の目がマナの全身をくまなく探る。「トロイリ四型IIの」
 マナは片手を胸の前に差し出して倉井の言葉を訂正する。
「内藤丁」「名前なんぞどうでもいいじゃろう」「よくないね」
「名前が何であろうとアストロサイド星辰殺しの性能は変わらん」
「それじゃ、ぼく、名前変えたい」
「だめ! あの女と戦え!」
 アストロサイドの歯車に埋め尽くされた貌が、マナを向く。目に相当する部品はない。だが、無数の歯車がカチカチと音を噛み締めるたびに、目が合ったような錯覚を覚える。奇妙に澄んだ、子供のような視線――それがぞっとするほど純粋だった。
「でも、この女の人、戦うって顔じゃない。どっちかっていうと……そういう気分になれないよ」
 かちり、と落ちる歯車の双肩。
「美徳回路でもくっついてるの」
 マナの呟きを侮辱と受け取ったか、倉井が吠える。
「アストロサイドは首輪をつけられた人間の奴隷とは違う! トロイリ四型IIの相棒と大口叩くくらいだ。何か特別なものがあるんじゃろう」
「なにも」と言いかけてマナは言い直す。「あるよ。ある。怪力だ」
 これがマナの考えつく精一杯の言い訳だ。超能力があると大っぴらにはしたくない。怪力くらいなら一般人の特性をそこまで逸脱しないだろう。たぶん。いや、どうだろう……。
 そしてデメリットも生まれてしまった。磁力を怪力に見せるには、相手に触れなければならない。「失敗したな」適当なガラクタを拾って磁力発生機とでも言うべきだった。今更だ。
「かかってきなよ、時計坊や。証明しな。あんたがあのロボット警官より強くて、賢くて」
 マナはポケットからガムを取り出し、口に放り込む。ぎゅう、と噛み潰す音が一際大きく響く。
「かっこいいって」吐き出す息はザクロ味。
 マナの足元を、誰が落としたかもわからない紙屑が転がってゆく。それがぱたり、と動きを止めた。
「ぽーん。アストロサイドが午後二時四十五分ちょうどをお伝えします」――カチリ。何かが定刻通りに動き出す音。「戦闘再開の時間です。終了予定時刻は午後二時四十六分」
 アストロサイドの黄金の足が地を蹴る。
「三秒後にびよよんパンチが出るよ」
 三、二……と、カウントダウンしながらマナに肉薄する拳。手加減しているのか、大した速さではない。マナは小さく後ろに跳ねて回避する。拳はマナに届かず止まる。
「手加減は……」「ゼロ!」伸びた拳が、マナの顔面に激突する。「ずるいよ!」マナは鼻を押さえてよろめく。
 子供のおもちゃ、マジックハンドのように、手首から伸びた拳は、その機構を見せつけるように、ゆっくりと縮む。
「三秒後ってちゃんと言ったもん。定刻びよよんパンチだもん」
「ちゃんとパンチグラフと言え!」倉井が叫ぶ。
「二秒後に六時の方向にぱふぱふどっかんが出るよ」
「圧縮時空報と言え!」
 空気砲だ。避ける時間はない。マナは傍に落ちていた折り畳み椅子の残骸を掲げる。支柱は金属。自分の体と反発させれば空気圧にも押し負けない……はず。
「ぽーん」という牧歌的な発声と同時に――天地を割くような圧音が炸裂する。
「うっ」
 椅子の座面で直撃は免れたが、傍を吹き抜ける風は肌を切り裂くように鋭い。
「あの人本当に怪力みたい。ぱふぱふどっかんしても吹っ飛ばなかったよ! パパロック解除してよ!」
「いやペアレンタルコントロールを解除するほどの相手ではない。女だぞ、怪力もたかが知れてる」
 たかが知れてる。言ってくれるじゃあないか。
 あの正義のロボットの代理という借り物の精神が剥がれてゆく。剥き出しになるのはマナ自身。燃える敵愾心。T4-2がマナに求めたのはこれだ。誠実さや正しさではない。周囲の被害など気にしない、向こう見ずな闘争心。
 マナはアストロサイドに掴みかかる。触れてしまえばこっちのものだ。磁力で滅茶苦茶にしてやる。
 一方のアストロサイドもカウンターに脚技を繰り出す。
「ぐるぐるカッター!」
「シックスオクロックだ!」
 振り子のように前方に繰り出される蹴り。見せつけるような大振りの蹴りは簡単に避けられる。しかし攻撃の本質はここからのようだ。
 アストロサイドの顔の横まで百八十度開脚した脚。その踵にある拍車のような歯車が勢いよく回転する。
 避けて間合いに入ったのは、失敗だった。振り下ろされた長い脚はマナの胸元を切り裂く。
 一拍遅れて滲む血。鎖骨にかかったアザを裂くような切創。咄嗟に避けていなければ皮一枚では済まなかっただろう。
「服が汚れたじゃない」もらいものの純白の服。その胸元に血が滲む。しかし血など、洗えば落ちるもの。恐るべきは染み付いて落ちない“穢れ”だけ。この程度ならまだやれる。あのロボット警官とマナの違い……服が汚れようが破れようが裸だろうが、別に構いやしないということ!