鋼と夢の超技展 - 5/11

「ぽーん。ぱふぱふどっかん充填完了」
 マナはアストロサイドの懐に飛び込む。まるで心音を縫って突撃する磁極の蜻蛉のように。手が出ようが脚が出ようが気にしない。痛みはない。今のところは――ガムのお陰で。
「ぽーん。至近距離でぱふぱふどっかんが出るよ」
 マナの豊満な胸に、歯車の手が押し当てられる。
 そして「いくよ〜、ぱふぱふどっかん!」が吹き飛ばしたのは――倉井だった。
「狙い誤ったね。T4-2の精密射撃を見習ったら? あんたのパパぶっ飛んじゃったよ」
 磁力漲る手でアストロサイドの腕を掴み、倉井に向けたマナが嘲笑う。
「あーあ」アストロサイドは親が床に沈んでも慌てる素振りもない。「だいじょぶ。パパロックかかってるから。残念だけど死なないの……たぶんね」
 パパロック……ペアレンタルコントロールとやらのお陰で、アストロサイドの攻撃は致命的な威力ではないようだ。だが――
「いや、死んでますけど!?」
 倉井の横に駆け寄ったセルヴォーが絶叫する。
「心臓! 動いてない!」
 それに、諸手と歓声をあげたのは、アストロサイドだ。
「やったー! これで好きなだけテレビ見れる! お手伝いしなくていい! よふかししほうだい!」
 死んだんだぞ、とマナが言うよりも先に――
「倉井博士の心停止により、ペアレンタルコントロールが解除されました」
 アストロサイドの胸から流暢な女声が流れ出す。
「以降、心拍が確認できるまで、オーバークロックモードに移行します」
 かち……かち……と秒を刻んでいたアストロサイドの音が、カチカチカチカチ――と、倍以上に早まる。全身の歯車が小気味良く高速回転を始める。「ぅうぎいいいいいい!」悲鳴のようでありながら、どこか楽しげなアストロサイドの高笑い。
 嫌な予感にマナは飛び退く。
「いっくよー! うんち、おしっこ、ばーか、パパのハゲ……わーい、きたない言葉つかえるよ!」
 ……それが、制御モード解除後、最初に試すことだろうか。しかし油断はしなくて正解だった。彼が次に試したのはぱふぱふどっかん……圧縮時空報完全版だったからだ。
 マナの回避に遅れた髪の数本が千切れ飛ぶ。遠くに行くほど、増す口径。威力を減衰させつつも、あらゆるものを巻き込み吹き飛ばす。まるで嵐だ。
「ああ、パパ、やっとわかったよ。自分が死んだあとのぼくを心配して、パパロックがなくなるようにしてくれたんだね。これが“おやごころ”なんだね」
「多分違うよ」
「パパロックもパパも嫌で、今までなんかいもなんかいもパパを殺そうとしたけど、パパロックのせいでできなかった……でも、やっとできたよ!」
 壊れて、発火寸前の電子部品のように、熱っぽい視線がマナに向けられる。
「マナちゃんのおかげで」
「余計なことしちゃったね」
 マナは皮肉な笑みをひくつかせた。
「いまからぼくの名前はレイジだよ」
「零時?」
「そう、レイジ。激怒って意味」
 その瞬間、アストロサイドの歯車が怒りに唸るような音を立てる。
「ぽーん。歯車しゅりけんの時間です」
 アストロサイドが踊るように手足を振れば、節々から放たれる回転歯車。一つはマナの腕を掠めて柱に突き刺さり、一つは鏡を割る。
 そして一際大きな一つは自走広告塔の首に向かい「タンパク質――」一瞬のもとに、刎ねる。「――死ね〜……ぉ゛ぇ゛」それきり機械は沈黙した。
 マナはその光景に、自分の未来を見て、息を呑む。ロボット警官とマナの違い……タンパク質はとても脆弱。
「きみの死、いまなら倍速ぅ〜。いますぐしね!」アストロサイドが不気味な声で広告を真似る。非常に子供らしい。そして残酷。
「セルヴォー! いやもう誰でもいいっ! そのジイさん生き返らせろッ!」
 火花のように飛び散る歯車が会場を荒らしまわる。
「うぎぃ、いぎひぃ、たのしいなあ〜たのしいなあ〜、テレビ見るよりも、ありんこの巣こわすよりも……えぎひぃ」
 阿鼻叫喚の中で、場違いに響く嗤い声。マナは磁力で身を守りながらアストロサイドに近づく。
「やめなって、死人が出る前に」
「どうして?」とも聞かず、アストロサイドはただ、首を傾げる。幼なげなその仕草。まるでT4-2にも似て……美徳回路も一応仕事してたんだな、とマナは自身の緊張をほぐすために心中で冗談めかす。
「あんたまだ子供だ。何もわかってないんだ」
 マナは自分に言い聞かせるように告げる。研究所の言うままに殺戮を繰り返してきた、幼い自分に。
「まだ取り返しがつくんだから」――あんたは、と祈りにも似た気持ちを込める。
「パパがいないのに、パパがいた時と同じようにしろっていうの?」
「そうじゃないよ。あんたは自分の力を使わない選択も、自分でできるようになったんだ」T4-2がそうするように。
「よくわかんない……」
 アストロサイドは十二本の指を、かちかちと絡める。マナは、その手をそっと取る。一瞬、歯車がより早く回転して――そして穏やかになる。
「だろうね。一生わからないままかも。でもあたしとロボット警官が……」一緒に考えるのを手伝うよ、と言おうとしたマナの片口を光線が横切って、アストロサイドの右肩に穴を開ける。振り払われる手。
「もうぼくはだれの言うこともきかない!」
 どん! と音がする前に、空気がマナの肺から抜けていた。時報なしの圧縮時空報が、マナの背後で光学兵器を撃った男を吹き飛ばす。
「畜生! 余計なことしやがって!」
 マナはアストロサイドの腕にしがみつき、磁力で必死に押さえ込む。
「セルヴォー!」マナは倉井の傍でオロオロしているセルヴォーに怒鳴る。「早くーっ!」
「無理だ! 心臓マッサージが効かない!」
「なんで!」
「心臓が機械化されてるから!」
「機械なら得意だろうが!」
「あっ、そうだったよね。いやあ、自分のことって、案外自分には見えないもんだよね」
「早くーっ!」
「そう急かさないで。まあでも思いつくのは、電流を流して再起動させるくらいしか……」
 それだーーーーッ! とマナは絶叫しながら吠える。
「そのジイさんこっち連れてこい!」
 意図が読めずにもたつくセルヴォーに、さらに怒声を浴びせる。
「早くーっ!」
「離してよ!」アストロサイドの拳がマナのこめかみに直撃する。そこからパンチグラフが即座に起動し、間髪入れずに二発目。痛覚はガムで封じているが、衝撃は無視できない。磁力の拘束がじりじりと剥がれてゆく。
「なんでぼくのじゃまするのっ」
「なんでって!? あんたの親がまともじゃないからだ!」
「そんなことないもん!」
「そんなことある!」
「ちがう〜っ!」
「あるあるあるあるある!」
「ちがうちがうちがうもん! マナちゃんのばーーーーーか!」
 もはや完全に子供の喧嘩だった。
 ただし、背後で歯車と空気砲が暴発しかねない状況での、命懸けの喧嘩である。
 マナはアストロサイドの腕を掴み、空気砲の射角を逸らす。
 肩を抱き、飛び出しかける歯車を押し戻す。
「連れてきたよお」
 肩で息をしながら、セルヴォーが倉井を引きずってくる。
 マナは磁力の全出力をアストロサイドにぶつける。そして自分ごと、倉井の隣に押し倒す。
「ジイさんの胸に手、当てな」
「やだっ」
「三回目はないよ、やれ!」
 アストロサイドは、んーん! と首を振る。
「仕方ない奴だな」マナは、セルヴォーの懐に無遠慮に手を突っ込み、パンみみ包丁を取り出す。そして、先ほどの光線で空けられた肩の穴を見定めて「ごめん」躊躇いなく、切先を突き立てた。
「んびぃぁああ゛」
 けたたましい叫び声とともに、ぎちり、と歯車の軋む音。どちらも、まるで壊れかけた子供のおもちゃのように、どこか切なさを孕んでいる。
「んひ、むだ、だよぉ……」
 包丁の刃は回転に巻き込まれてへし折れるが、同時に――じゅわっ、と立ち上る香ばしい芳香。
「いぎ……っ」刃と接した歯車が、こんがり焼けたパンのみみになっていた。「あ゛ぇ……なに、これ゛ぇ……」噛み合わなくなった歯車たちが、ぽろぽろと、涙のように溢れてゆく。
「ぼく、パンになっちゃったのぉ……?」
 パンとなった歯車が失われた肩から先は、ぶらぶらと頼りなく垂れていた。だが、残る歯車たちはまだ動いていた。まるで、遊び足りないおもちゃが電池を半分だけ残して暴れているかのように。 しかし、さすがのアストロサイドも自分の一部がパンになるという理解の及ばぬ出来事の前にとうとう抵抗を諦めた。
「セルヴォー、あんたは天才だよ」ロボット警官も倒せるかもね――とは言わず、思うに留める。
 マナは、肩から外れかけたアストロサイドの腕を取り、沈黙する倉井の胸にそっと置く。
「電流だよ。あんたの父親を……ジイさんを生き返らせる」
「電流なんてできない」弱く返すアストロサイドの声を無視して、マナは彼の手に自分の手を重ねる。
 やり遂げた時の記憶を辿る。
 途切れた電線の間に電気の通り道を作ったこと。ギグワーカーの銃口を通じて電流を流したこと。そして――T4-2と唇を重ね合わせて生みだした紫電のこと。そのすべての感覚を手繰り寄せる。
「いくよ、レイジ……アストロサイド」
 磁力が、歯車の手と、機械の心臓を繋ぐ。マナの心臓と隕鉄が共鳴して、どくりと拍動する。アストロサイドの手を伝い、磁場が励磁される。
 そして――倉井の胸がのけぞり、次の瞬間には再び床に沈んだ。
「倉井博士の心拍再開が確認されました。オーバークロックモードを終了し、ペアレンタルコントロールに移行します」
 アストロサイドの歯車が音を立てて落ち着いてゆく。体から放たれる音は再び秒を刻み始める。
「やってやった」
「どうして……」
 アストロサイドは自分の上に跨るマナを見上げて問う。
「殺人時計になっても、あんた倉井と、倉井を蘇生しようとするセルヴォーに攻撃しなかった。だから、あんたの力で生き返らせた方がいいかなって」
「よくわかんないや……」
「今度こんなチャンスがあったら、他人じゃあなくて自分の父親を確実に仕留めなよ、ってこと」
 そう言って、マナは歯車だったパンを口に含んだ。嚙むと、さくり、と焦げの砕ける感触。歯に金属のようなざらつき。焼けた鉄とパンの香ばしさが、熱を持って喉を通り過ぎていく。
 アストロサイドはマナがそうするのを、ただゆっくりと見つめていた。
「ぽーん……午後二時五十五分……戦闘終了です……」
 マナはアストロサイドの上から降りて、噛み潰したガムを吐き捨てる。途端に襲いかかってくる過去の痛み。
「ああ、畜生」
 しかしこの程度で済んだのは、T4-2がくれたお守りの中に入っていた隕鉄のおかげだ。これがなければ、思うように力を使うことすらできなかった。
 あの粗雑機械は、マナが超能力を使わなければならない事態に陥ると予見していたのだろうか。マナの性格も、生活様式も、肉体の限界すらも熟知している、高純度の変質者だと思えば頷ける。
 マナは握りしめていた拳を解放し、もみくちゃにしてしまったお守りをじっと見つめる。どんな隕鉄が入っているのか知りたかった。地球より遥か彼方の物質であるはずなのに、その波長は妙にマナの郷愁を誘い、身体によく馴染んでいた。まるで……「ギャ」巾着袋を開いたマナは、中身を見た瞬間、猫のような悲鳴をあげた。
「うわァーロボット殺し!」
 鈍色の小指を見たセルヴォーが金切り声を上げる。
「勝手に殺人犯にしないで。本人が自分で入れたの!」
 いつの間にか、すぐ隣でマナの手元を覗き込んでいた機械公爵も、マナの耳元で騒ぎ立てる。
「牧島重工製四五式トロイリ四型汎用亜人型自律特殊人形第弍号ちゃんがそんな狂った情念に囚われた行動するわけないやろがい!」
 するんだよぉ〜! なんてこいつらに泣きついても無駄だろう。
「というかあんた、もう体治ったわけ」
 マナは元気そうに立っている機械公爵をじとっとした目で見る。あんなに大騒ぎした割には、というやつだ。