「ああ、実はな、あれウソやねん」機械公爵は胸に刺さった歯車を抜いてぽいと投げ捨てる。「本当は不具合なんて起こっとらんかったんやけど、ちょっと知りたいことがあってな」
「ふざけるな!」
マナの殺気を気取ったようで、小賢しい悪人は慌てて弁明する。
「いやごめんて。でも気になってしょうがなかったんよ。あの牧島重工製四五式トロイリ四型汎用亜人型自律特殊人形第弍号ちゃんが、なんでごく普通に見えるお姉さんといつも一緒におるんかなって。まさか機械の身の上で、人間のルックスが好みっちゅうこともないやろ」
いや、それも実は多分にある。あの機械は、マナの魂の入れ物に常に欲情しているのだから。
「だから、牧島重工製四五式トロイリ四型汎用亜人型自律特殊人形第弍号ちゃんが認めるようなすごいところがあるんとちゃうんかな、と思って」
機械公爵は勿体ぶって少し間を開けてから答える。
「お姉さん、もしかして超能力」「怪力です」
磁力と言い当てられる前にマナはそう言い繕う。「怪力の超能力者」
「念力かとも思ったけど……なるほどな。それでうちを抱えて走れたっちゅうわけ。すごい能力やないかい」
「このこと大っぴらにしないでよ」
「タダでは無理やな。さっきの条件から二つ差っ引いてや」
「脅してるの。あたしを」
マナは磁力を込めた手で機械公爵の顔を掴む。脅されるのは嫌いだ。手の下で金属面が軋んで悲鳴を上げる。
「あかんあかん怖いて。単なる交渉やないかい。さて、お姉さんが言ったのはこの三つや。うちがこれまで盗んだ物を返す。以降の機械の掠取をやめる。牧島重工製四五式トロイリ四型汎用亜人型自律特殊人形第弍号ちゃんを狙うのをやめる。さて、うちはどれを選んだらいい。お姉さんにお任せするわ」
決まりきったことだ。
「T4-2はあたしのものだ」
「ふうん、それじゃあ……」
「おい、ポリが来るぞ!」誰かが叫ぶ。
耳を澄ますと、微かに聞こえるサイレンの音。いそいそと会場を片付けていた参加者たちが俄かに騒然とし始める。
「まずい」
こんなところで警察の世話になっては色々と面倒だ。単身でアンドロイドを倒したと露呈するのもそうだし、悪人の一味だと思われるのもさることながら――兄の秀に連絡が行くであろうことが一番まずい。
「誰やねんポリス呼んだんは」
機械公爵が珍しく声に苛つきを滲ませる。
「あっ、それ、僕です」セルヴォーが素直に手を上げる。「ついでに機動警邏隊も呼びました」
「余計なことしやがって!」マナはセルヴォーの肩を掴み、滅茶苦茶に揺さぶる。
「え、やあ、だってもう、あれ殺意満々でしたよ!? あのままだと僕ミンチにされてましたって! あなたみたいな細腕がアストロサイドに勝てるなんて、常識的に考えて……」「お前が常識を語るな!」マナに胸ぐらを掴まれ睨みつけられたセルヴォーはやっと彼女の“怪力”を思い出したようだ。「はい、まあ、あの、すみません……すみません」すみませんで済む話ではない。
マナはやけっぱちになって叫ぶ。
「お前らみんなお縄になれ!」
そして、いまだ目覚めない倉井を抱えて撤退しようとしているアストロサイドの腕を掴む。
「あんたも。倉井のジイさんも。警察で反省しな」
アストロサイドはしばしマナの顔を別れがたいかのようにじっと見つめる。そして……。
「ぽーん。アストロサイドが午後三時ちょうどをお伝えします」
アストロサイドの胸がぱかっと開き、鳩が飛び出す。本物の、生きた鳩が。
「ギャ」
「マナちゃん、またあそぼうねーっ」
顔に纏い付く鳩を払いのけた時には、すでに倉井とアストロサイドの姿はなかった。
自分もアストロサイドのように上手いこと逃げおおせられないものか……マナは髪をくしゃくしゃにしながら頭を抱える。堂々と出入り口から帰るか……?
「無理だな」自分こそ観念する他はない。
その時、マナの目の前を、すうっと影のように過ぎるものがあった。ちらと見ただけで、何者なのかすぐ分かった。見覚えのある背格好。片脚を引きずり、喧騒と混乱をものともせずに悠々と歩き去る。
透明人間。
その後ろ姿が、撤収作業にごった返す人混みに紛れる前に、マナは追いかけようと一歩踏み出す。
「で、どうすんねん。どれを選ぶのかな、内藤マナさん」
マナの背に機械公爵の声が突きつけられる。
駆け出す寸前に、マナは機械公爵に言い放つ。
「そんなの決まってる」
マナはなによりもあの隕鉄でできた保安官を愛しているのだ。
鋼鉄の恋人の答えを聞いた機械公爵は、鉄面皮の奥で大層おかしそうに笑った。
サイレンが遠くの海を這い、ガラスの破片を震わせる。焼けたパンの香りが、まだ空気に残っていた。
▣▢▣▢▣▢▣▢
月の光が染み込んだ波が打ち寄せる海辺。潮風が白いスカーフを巻き上げる。夜は深まりつつあり、浜に人影はない。マナと、もう一つ以外は。
それは疲れ切ったように、あるいは長く孤独だったかのように砂浜に座り込んでいた。マナにはそれが過去に置いてきた人物なのか、現在の運命共同体なのか、一瞬よくわからなかった。おそらく彼らしからぬ気怠そうな雰囲気と、定番と違う装いのせいだろう。
自身を見つめる気配に気づいたか、影は海に向けていた視線をマナに注ぐ。その穏やかで真摯な輝き。マナは安堵する。機械仕掛けの特徴に。この世で一番愛する輝き。世界のどこにもない、ただ一つの視線。
「お目当ての人物に会えたようですね」
ひどく懐かしい声に感じた。最後に話してから一日と経っていないのに。
「会えなかったよ」
結局暮谷を見つけることはできなかった。展示会にはほとんど遊びに行って来たようなものだ。そう思った瞬間、無理矢理身体の一部分に閉じ込めていた疲労が全身に回り始める。
「会えたではないですか」
「誰のことを言ってるの」
男はゆっくりと立ち上がり、片手を優雅に胸に当てる。
「私です」
喜色満面といった風に弾む声。自分に会えれば相手が喜ぶだろうと信じて疑わない傲慢で自己愛の強い態度には毎度毎度うんざりさせられる。
「それ聞いたらどっと疲れた」
「門限を守らず出歩いていらっしゃるからお疲れになるのではありませんか」
T4-2は左腕の腕時計をマナに向ける。
「守ったよ。だから、あんたの腕に時計があるんでしょ」
マナは手枷の外れた自分の左手首をくるくる回す。
会場で透明人間の影を追ったマナは、増築中の地下歩道に迷い込み、いつの間にか市内の商業ビルのバックヤードにいた。おかげで無事、警察のお世話にならずに済んだ。そして門限にも十分間に合った。
牧島邸に戻ったマナは、横たわるT4-2の腕に時計を戻し、十六時を過ぎるや否や――再び外に飛び出したのであった。
なるほど、なるほど、とT4-2は左手の人差し指をぴんと立てた。右腕はまだお留守のようで、空っぽの袖口が夜風に頼りなく揺れる。まるで何かを求めて彷徨うように。
「あなたの理論では、門限というのは、その時間ぴったりに家にいれば、その後にまた外出するのは自由ということなのですね」
「そうだよ。だからこれは門限破りじゃあない」
夜遊びがしたかったわけではない。夜の海で再び彼に会えるのではないか、そんな淡い期待を抱いていた。
あの島とは星の並びも違ったが、同じなのは砂浜でマナを待っている人影があったこと。そしてマナは、彼こそが今最も会いたい人物であったと気づいた。なんとも皮肉で癪なことだが。
「そういえば、機械公爵によって盗まれたものが次々と返還されているようです」
さっきの今で、随分と仕事が早い。そして機械公爵がちゃんと約束を守ったことにもマナは驚いた。
盗んだ物を返す、盗みをやめる、T4-2を狙わない……この三択の中で選ぶのならば、一つ目の条件一択だ。今後の盗みは阻止すればいいし、T4-2はマナが守ればいい。きっと彼が同じ状況に置かれたならば、同じ決断を下したはずだ。あの場でロボット警官の代理だと大見得をきった以上、彼の言動に沿わねばならない。でないと示しがつかない。
「何があったのでしょうね」
T4-2は首を傾げるが、このロボットのことだから薄々何があったかは予想がついているだろう。
「何も」と言いかけてマナはやめる。列車でT4-2が呟いた言葉がふと思い起こされた。あなたは何でもなくはない……その意味がやっとわかった。
「あんたはあたしのものだと言ってやった」
「嗚呼、マナさん……やっと事実の認知と受容を。あまりの歓喜に、冷却機構がまた熱暴走を……」
「何が事実だよ。っていうか冷却機関まだ治ってないの?」
マナがT4-2の胸へ指先を這わせると、堅固な鋼鉄の下から柔らかく波打つような脈動が伝わってきた。ちょうどそのとき、彼の胸ポケットから、ひらりと何かが落ちてくる。
拾ってみれば、それは、とても小さな、黄ばんだ紙の欠片だった。
「写真です」
それをしげしげと見つめるマナにT4-2がそう告げる。
「そうは見えないけど」
劣化し退色して、もはや被写体の影も形もない。ただの色褪せた紙切れ。写真紙というよりは、古びて皺だらけで、手触りだけでいうなら布のようでもある。
「随分昔の物ですから」
そう言う彼の声の、眼差しの、ひどく穏やかで美しいこと。
もはや写真としての用を成していないものを後生大事に持っているなんて相当である。誰の写真なのか気になるが、そこで素直に尋ねるような性格ではない。
「大事なものはもっと厳重にしまっておかなきゃ」
マナはT4-2にかつて写真だったものをしっかりと握らせるが、鈍色の手は花が綻ぶようにふんわり開いて、それを潮風に攫われるままにした。
「あっ」
マナは慌てて手を伸ばすが、それは夜風に揉まれ、潮に舐められながら沖へと消えていった。最期に一度だけ、淡い月光を反射させて。まるで誰かの記憶が浄土に溶けたかのようだった。
「なにやってんの」
「あの写真を持っていたのは、どんなことがあろうとも、私が私を保てるようにです。ですが、もう必要ありません。新しい写真があります。あなたとの」
この前喫茶店で新聞記者に撮られた写真のことを言っているのだろう。帰ったら記者のもとへ受け取りに行かなければ。失われた物の代わりになるかはわからないが。
「あんた、気にしてたよね。あたしがたまに遠い目をするって」
マナはT4-2の空の袖口を弄いながら、何の気無しを装って言う。
「遠い昔、そのような無礼で品性に欠ける発言をしたような気もいたします」
つい昨日のことだろう! とマナは危うく怒鳴り返しそうになるが、今はその時ではないと耐える。情緒が台無しになる。
「それは事実」
「事実」
「完全に事実と認める。けどあんたが心配する必要はない」
マナは小さく首をすくめた後、潮の音を聞いてから続ける。
「あたしが昔、南洋の孤島の研究所をぶっ壊して逃げた話はしたね。そうするきっかけを作ってくれた奴がいた。そいつのことをたまに思い出すだけ。そいつはどこかの国の軍人で、研究所の超能力者達を保護するために島に来たと言っていた。その頃のあたしは研究員達から言われるがまま、島に向かう船を片っ端から沈めてた。そいつは難波船から運良く一人脱出して島に漂着して、たまたまあたしと出会った。弱って、ミイラ男みたいに全身に包帯巻き付けてるしさ、今のあんたみたいに、腕も片方なかったから……」
「あなたはその人物を匿った」あまりに機械的で平坦な声にマナはどきりとした。「同情したのでしょう」私にしたのと同じように、とでも言いたいかのような、そんな声色。
T4-2への今の気持ちは同情などではないと、最後まで聞いてわかってくれたらいいのだが。頭がいいのだからわかってほしい。
